自動人形の即興小説

こちらは配信内で、リスナーさんの送ってくださったテーマに沿って書いた即興小説となります。

テーマはこちら
・クリスマス前日
・雪山遭難
・風邪を引いたマスターと自動人形

配信URLはこちら
https://youtu.be/1fCoUwkQVls

「今年のクリスマスはちょっと豪華にしよう」
 そう言ったマスターと自動人形は、山の上のペンションを貸し切ってのクリスマスパーティを楽しんでいた。
 持ち込んだ食事にアルコール、キャンドルで彩られた食卓に自動人形もご機嫌だ。
 一人と一体の楽しい時間は、しかし急変する雪山の天気を意識から押しやってしまった。

「……凄い吹雪だったよ」
 ペンションの外の様子を見回ったマスターが、自動人形に言った。
「明日の帰りは難儀しそうだ」
 コートをハンガーにかけ、暖炉の前に陣取る。
「……くしゅん」
「大丈夫ですか、マスター」
 心配そうな自動人形に、マスターは微笑んだ。
「ちょっと冷えたかな。大丈夫、暖かくするよ」

 その夜。

 寝室で目を閉じていた自動人形は、主の苦しそうな声に目を開いた。
「マスター?」
 小声で声をかけるが、主の返事はない。
 枕元を覗き込むと、苦しげな様子の主が息を荒くしていた。
「マスター?」
 もう一度、今度はやや大きく声をかけると、主は自動人形の方を見た。
「起こしてしまったかい?」
「いいえ、マスター。……具合が悪いのですか?」
「少しね。……大丈夫、寝ていれば治るよ」
 そう言った主の顔をじっと覗き込んでいた自動人形が、椅子を使って床に降りた。
「?」
「マスターは休んでいてください……荷物、勝手に漁りますね」
 主の荷物の中からいくつか取り出し、自分のリュックへ。
 背負うと階下へ向かう。
 階段を一段ずつ苦労して降り、一階に着くとダイニングの椅子を流しに運ぶ。
「ん…しょ」
 非力な自動人形が、ゆっくり椅子を動かしていく。
 椅子を横付けすると、リュックからタオルを取り出して冷水で潤す。
 ギュッと絞ってリュックに収めたら、次はコップに水を汲む。
 水の入ったコップを大事に抱え、二階を目指す。
 階段のステップにコップを載せ、自分の体を引き上げたら次の段へ。それを繰り返してようやく二階に辿り着いた。
 寝室の椅子をベッドに横付けし、コップをベッドサイドへ。
 リュックの中から風邪薬を取り出すと、一粒主へと渡した。
「飲めますか?」
「……ありがとう」
 自動人形から受け取った薬をベッドサイドのコップで飲んだ。
「はい、では横になってください」
 主が促されるままに横になると、人形は額に濡れタオルを乗せる。
「薬が効いてくれば楽になりますよ」
「うん」
「他になにか、欲しいものはありますか?」
 自動人形の言葉に主は何かを言いさして、やめる。
「? 遠慮しなくてもいいんですよ?」
「……手、を」
 主の視線に望みを察した自動人形は微笑んで、主の手を両手で包んだ。
「はい。お傍に居ますよ、マスター」
「ありがとう」
 安心したように主が言って、しばらくすると静かな寝息に変わった。
「お休みなさい、マスター」
 その様子を優しい瞳で見守った自動人形は、そのまま瞳を閉じた。

 翌朝。

「いや、晴れてよかった」
 帰路についた一人と一体。主は朗らかな様子で言った。
 足取りは軽い。
「大丈夫なのですか?」
 主のリュックから顔を出した自動人形が尋ねる。
「看病のお陰ですっかり元気だよ」
 背中越しに頭を撫でる主に、自動人形は目を細めた。
「それならいいですけれど」
「それにしても」
 主が何かを思い返しながら言った。
「あれだけ甲斐甲斐しく世話をしてくれるなら、病気になるのも悪くないかな――いたた」
 主の方を向いた自動人形が、後頭部に拳を何度かぶつける。
「……もう、知りません」
 拗ねた自動人形に主が何か言うが、一度損ねた機嫌はそう簡単に直らなさそうだ。
 一人分の足跡を残して。
 一人と一体は、山を下っていく。
 雪解けには、まだ少し。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?