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030. シーパラシー太と横浜八景島

 シーパラシー太をご存じだろうか。

横浜・八景島シーパラダイスマスコットキャラクターである架空の動物である。「シー太君」「シーパラ君」などと呼ばれている。実在する特定の動物をモデルにした訳ではないが、アシカセイウチを併せた感覚でモチーフにしている。過去の公式サイト内にシー太のページが有り、それには『トドでもアザラシでもない!』と書かれていた。デザインができた際の仮の名前が「アラト君」だった。(アシカ、ラッコ、トドの頭文字を取った)

シーパラシー太 出展:wikipedia

 シー太が我が家に来たのは2回。横浜八景島シーパラダイスのプレオープン時(1993年4月)と、25周年記念行事(2018年9月28日)の時に、ともにクライアントである横浜八景島さんから記念品として頂いたものである。一代目は姪っ娘にあげたので、現在我が家に居るのは2代目。我が家では「アウアウ」と呼ばれている。
 海外赴任が多いため、オキシトシン不足に悩む私に、家人が見つけてくれたのもので、陽気で物おじしない性格風なのも良くて、ここ1年付き合いが深くなった。

横浜八景島シーパラダイス 出展:google earth

  横浜八景島シーパラダイスは、当時所属していた清家清先生主催の設計事務所「デザインシステム」で全ての施設設計を担当した。社長の角永博さん監修のもと、20代の若者5名で設計したという、今から考えれば冷や汗ものである。

八景島アクミュージアムとマリンゲート

 入所したばかりの私は、まず水族館設計の補助をさせていただき、そしてマリンゲート、その後いくつかの商業施設とを担当させていただいた。
 マリンゲートは全長200m程度の海を渡る人道橋であるが、基本設計にはなかった「むくり」を取り入れたため、施工価格高騰の原因になったと、当時クライアントからかなり白い目で見られた。しかし清家先生と角永さんからは「面白い」と大目に見て頂き、クライアントには私から直接お詫びし、冷や汗をかきながらコスト削減に取り組んだ。
 大らかに設計させて戴いた私にとっては良き思い出であり、当時の諸先輩とはいまだに仕事はもちろん、まるで兄弟姉妹のような繋がりが続いている。

八景島マリンゲート 入島のゲートとしての役割を果たす。

 バブルの時期が終わって、大規模開発がことごとく中止または延期(中止の別名)される中、株式会社横浜八景島は本島をなんとか開園にこぎつけられ、1993年度の入島予測年間200万人のところ、蓋を開ければ5倍以上の入島者を記録し、「水族館島」としてその後目覚ましく業績を伸ばされる。

 さて話題をシー太に戻したい。
ぬいぐるみなど子供のころからあまり興味のなかった私が、愛情の対象になりうると知っただけでもあるいは成長なのかもしれない。最近は家人の影響で、「リラックマ」や「ちいかわ」なども見ているのだから、、これをアフリカにもっていけばどのような反応があるのかしら。

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