奇妙な世界

学部3年 蜂谷亨子

もし道端でズワイガニに出くわしたら。もし魚が喋るとしたら。もしココナッツで発電をする発電所があったら。
そんないくつもの「もしも」から生まれた短編が集まり、1冊の中に奇妙な世界観が形成されている。
 panpanyaの2冊目の単行本で2014年に出版された「蟹に誘われて」を読んだ。全18篇からなる短編集である。
表紙のデザインや内容が独特で、なんとも言えない不思議な気持ちにさせられる。
何気ない日々が淡々と描かれるタイプの内容だ。その日常が私達とは少しずれているのが面白い。
漫画の中では日常の風景が数多く登場する。学校、商店街、住宅街など私達にとって身近なものだ。そこで冒頭に書いたようなありえないことが起こる。このギャップには思わず笑わされてしまう。
合間に挟まれる日記には日常の観察と分析のようなことが書かれている。その分析からは物語の発端らしきものも書かれているのでぜひ読んで欲しい。
また、話だけでなく絵のタッチも独特だ。特に印象的な背景は、細いペンで緻密に描かれることが多い。例えば見知らぬ街に迷い込むシーンでは、陰影はベタやカケアミで描かれ昔の白黒写真を思わせる。風景は魚眼レンズで見たように歪んでおり、雑多で薄暗い雰囲気が、不安な気持ちを駆り立てる。一方人間は鉛筆でラフに描かれる。これは丁寧に清書してしまうと、生命感が損なわれてしまうからとのことだ。細かく描かれるのが人間を取り巻く建物などの環境ということに気づく。そういったところから、人間が主体というより、街などの環境に影響されて物語が進行していくような印象を受けた。キャラクターの心情や人格を読み取りにくい表情の表現がますますその効果を強めている。また、人間を流動的な存在と表現している。
 ストーリー、絵柄だけではなく装丁も含め、全ての部分にこだわりが詰まっている。
表現方法に理由があり、物語以外の部分にも一貫して世界観が反映されていることが他の漫画とは違った雰囲気を作り出しているのかもしれない。