トランプ以降の世界秩序と欧州防衛

お久しぶりです。
去年末からの体調不良が一向に改善せず、また今後の方針についていろいろ検討していたこともありなかなかこちらに手を付けられずにいました。
今回はリハビリということで、手短に書いてみたいと思います。今現在の世界の戦略環境と、私が考える「あるべき欧州防衛」についてです。

1.新しい困難な世界

2.今後の欧州防衛に必要なもの

3.欧州防衛、各論


1.新しい困難な世界

 先日の駐米英国大使がトランプ米大統領とホワイトハウスを辛辣に評価する報告を本国に起こっていた件がリークされて米英間の問題となっているが、こうした個別の案件を一般論で批判することよりも、現在の世界の各国、とりわけ米国の安全保障の傘の恩恵を受けている英国などの国家規模が相対的に小さい国々は、自国の生存を第一義に掲げて現実的に問題を処理することを余儀なくされている。現実にはそういう認識を持たず従来のやり方が通用すると考えている国々のほうが多いかもしれないが、世界は既にそういう時代に突入したとみていいだろう。くだんの駐米英国大使が評価したようにトランプ大統領が無能であるとあるまいと、トランプは米国という世界秩序に重大な影響を与えるパワーを持つ国のトップであり、彼の自国中心的で内向きなポリシー(気まぐれに思考・行動すると言われる点はここでは置いておく)により今現在行われている中・イラン・露に対する攻撃的な政策が継続すれば、そしてこれら諸国が(トランプ政権成立以前からすでにそうではあったが)それぞれアグレッシヴな対外政策を継続すれば、それだけで現在の「リベラルな国際秩序」は崩壊する危機に陥る。米の安全保障により恩恵を受けていた国々は国土のみならずシーレーンなど自国にとって死活的なものを最悪単独で防衛せざるを得なくなる。それに加えて世界秩序が限りなくアナーキー化することにより国際貿易に悪影響が出れば、と国家生存のために考えるべきことは山積みとなる可能性がかなり高くなると思われる。

2.今後の欧州防衛に必要なもの

 この状況下で欧州(EU・NATOに北欧・南東欧全域も含める)も今までのようにはいられなくなるだろう。結論から先に言えば、欧州は信頼に足るレベルの欧州軍を作り上げることに専念すべきであり、それと並行してロシアと宥和、最低でも現状よりも悪化することを防ぐ努力をしなければならない。ロシアの欧州評議会での投票権復活や仏露首脳会談のこの文脈での評価は難しい(単なるロシアとの対話のチャンネルを閉ざさないためだけの理由かもしれない)のだが、少なくともこうした政策に向かうものではある。欧州は防衛費増額を、それはすでにトランプ政権成立以前にNATO内で決められたものであるにもかかわらず、トランプに要求されたことで感情的に退けるなどという対応をやめ、現実的思考に立ち戻って速やかに行うべきであろう。既に欧州では欧州懐疑派諸国(ハンガリー、ポーランド、イタリア)が誕生しているが、安全保障政策面では彼らはNATOから逸脱するようなスタンスではないので、EUは自身の政策を妥協のために変更、あるいは彼らの政策を寛容に見て欧州再統合を目指すべきであろう。クラウゼヴィッツの言うごとく「戦争は政治の延長」であるならば、欧州が政治的にまとまっていることは欧州全体の統一された強固な防衛の強力な基盤となるはずである。
 EU・NATOが対露宥和的な政策変更を行おうとすればロシアの脅威に直面する北欧・東欧の国々から批判が出るであろう。そうした批判を抑えるためにも、NATO・EU全域をカバーできる欧州軍の創設は欠かせない。ロシアとの宥和・少なくとも露に対し攻撃的な政策を行わないことはトランプ登場後の欧州防衛のために必要であることを説明するとともに、そうした政策がロシアのアグレッシヴな行動を抑止できなかった場合のために、これらの国々が安心できる程度の欧州独自の防衛力を涵養することは絶対に必要である。そうでなければこの欧州の「東部正面」は各国が独自の動きを見せて崩壊し西欧諸国の安全保障にも影響が出るであろう。

3.欧州防衛、各論

 そのためには、欧州東部正面を十分に固めておかねばならない。スウェーデン、フィンランドはNATO加盟国ではないが、スウェーデンはその(とりわけバルト海のゴトランド島)地政学的重要性ゆえに、そしてフィンランドはスウェーデン防衛のために、有事となればNATOが動くことは、個人的にはもう確定しているだろうと推測している。来るべき欧州軍はこれら諸国を含める努力を行うべきである。これら諸国の軍はそれ自体欧州軍内の有力な戦力となるし、NATOや英国統合遠征旅団(先日NATOのBaltop2019、後者の演習と立て続けに軍事演習を行った)の枠内での演習によってこれら二国は他の欧州諸国軍とのインターオペラビリティを向上させているものと思われる。これら二国を統合することは難しいものではない。
 南東欧地域でもっとも悩ましいのがトルコの処遇である。現在トルコはロシア製S400の導入やロシア軍人員の受け入れなどロシア寄りが著しく、米国はロシアへの機密漏洩を恐れてF35売却を白紙にするなどトルコとの関係は疎遠になっている。それは他の西側欧州諸国にとっても同じことで、欧州自体にとってもトルコの存在は悩ましいものとなろう。長年の宿敵ギリシアとの関係は相変わらず芳しくないばかりか最近はキプロスの問題で悪化している。もっとも厄介なのは黒海へのアクセスを失うことであるが、ここで欧州はトルコを威圧してボスポラス海峡の通行を確保するか、思い切って黒海へのプレゼンスをあきらめるかすることになろう。前者を選択した場合に問題となるのが相変わらず芳しくない西部バルカンの情勢である。EUはここの再統合を以前よりも熱心に行うべきであろう。
 最後に、欧州の安全保障にとってもっとも悩ましい存在となるであろうものはロシアの核兵器である。冷戦時代は世界は大まかに米ソ二つの勢力により統合された比較的秩序だった安定的なものであり、それを基盤として米ソで様々な核戦争防止のための手段が講じられた。冷戦後は米国一強という世界秩序に加え核兵器の使用をためらわせる比較的強力な国際世論が存在したが、現在世界にはどちらの基盤も欠けている。こうした状況下では、ロシアなどの国が核兵器を使用する敷居はかなり低くなるかもしれない。これについては、欧州独自の防空システムの構築が難しければ従来の米国が噛んだものを続ける選択肢も可能だろう。米国製品の使用そのものは逆に今の米国にとって歓迎すべきものだからである。

 露・中・イランといった国々のアグレッシヴな行動、欧州での欧州懐疑派の台頭、米国におけるトランプ政権成立はそれ以前から続くトレンドの中で誕生したものであり、たとえトランプが退陣してもそこでこうした流れが終わるというものではないであろう。日本も含め、今後はタフな国家運営が中長期的に求められることとなろう。


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