ギリシアとセルビア、ロシアと西側の駆け引き

今回は、マケドニアとの名称問題解決交渉が大詰めを迎えたギリシアについての記事2本について、そしてそれ関連でセルビア・ロシア関係とセルビアの地政学的重要性についても書きました。

1.ギリシアは米国の東地中海での最重要パートナーとなるか?

2.セルビアとロシアの強固な関係・セルビアとセルビア人の扱い上の注意点

1.ギリシアは米国の東地中海での最重要パートナーとなるか?

マケドニア議会が名称問題解決のためのプレスパ合意実現に向けての必要な批准を完了した件について、露外務省が「他から押し付けられたもの、地域の安定を損ねる」と評した件についてギリシア政府は「国内問題に口出しするな」。

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ちなみに、米国はギリシア国内で反米感情が緩和されつつあり、ギリシアを東地中海での重要なパートナー(本来この座はトルコだったのだが今ああいうスタンスなので)として位置付けたい米国にとって良い傾向であるとしている。

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カンメノス前ギリシア国防相が辞任する際の演説で米国との関係の重要さを説いていた点について、もともと親露的言動がめだったカンメノス氏にしては…と思っていたのだが、ギリシア北部での工作活動でギリシア・ロシア関係がギクシャクして後、昨年末にカンメノス前国防相とツィプラス首相が訪露して関係改善を図ったが、これは結局大した成果をもたらさなかったということなのだろうか。この点調べてみたい。

ギリシアはキプロスやトルコ、黒海への出入り口というだけでなくバルカン半島の海からの入り口にあり、周辺諸国とマケドニア問題などの問題を抱えるも今回のマケドニアとの名称問題解決交渉が成功すれば、そしてマケドニアの念願のNATO加盟が実現(これについてはまだ議論の余地があるが)すればギリシアはマケドニアへ、ひいては南からのコソヴォへの入り口としても重要な位置にあることになる。またギリシアの伝統的なセルビアとの友好関係を使って、西側・ロシアとの間の等距離外交のスタンスを崩さないセルビアを軟化させる可能性も期待できるかもしれない。


2.セルビアとロシアの強固な関係・セルビアとセルビア人の扱い上の注意点

そして、セルビアについて興味深い記事がポーランドのシンクタンクOSWにより書かれた。具体的には、1月17日のプーチンのセルビア訪問の意味についてである。

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今までのロシア・セルビア関係について、セルビアはロシアの手駒という論調が多かった中で、この記事の見方は非常に新鮮であった。今回のプーチンの訪セルビアについては、昨年末からの反政府デモに晒されているヴチッチ・セルビア大統領の応援という論調はよく見かけたが、この記事では、様々な理由が提示されているが、一言でいえばセルビアとコソヴォとの関係改善の阻止という、セルビアと西側との関係を意識したロシア陣営へのつなぎ止めと、可能性があればよりロシア陣営へ引き込むことを狙ったものであるというものである。

 一見どころか掘り下げて見ても、ロシアとセルビアとの関係は非常にタイトなものである。両国の首脳を含めた要人の往来は活発であるし、またウクライナ戦争勃発後の西側とロシアとの「新冷戦」とも評される現在の対峙状態においてセルビアは自国内でロシア軍部隊との演習を行った。またセルビア南部の町ニーシュに建設されたセルビア・ロシア人道援助センターは軍事基地に転用できる疑いを米国などに指摘され問題となった。しかし、この記事にあるように、セルビアは西側(NATO加盟はないと明言しているのでこの場合はEU)とロシアとの間の等距離外交の姿勢をかたくなに崩さないことは注目に値する。もちろんこの位置にあって西側と本気で対立関係に陥ったらセルビア自身も非常に危険なスタンス(周囲をNATO加盟国に事実上囲まれた状態を考えれば)に陥るし、また双方にとってセルビアが地政学的に重要(バルカン半島の真ん中にあり、ボスニア・コソヴォ・モンテネグロのセルビア系住民とタイトな関係を維持しており、それぞれの国の民族紛争の導火線を握っている立場でもある)である以上、双方が無視できない立場を利用して双方から利益を得る非常にうまみのある立場を、セルビアがそう簡単に手放すとも思えない。

 ただ、この立場は、セルビア現政権が権威主義的になっているとはいえ民主主義体制は維持しており国民感情を無視できない以上、西側がセルビアを無碍に扱って、セルビア国民に根強くある反西側(具体的には反NATO)感情を嵩じさせてしまうことは危険である。セルビア国民には、そのバルカン人の特性の一つである根強い被害者意識があり、コソヴォはNATOによりもぎとられたと解釈しそれを信じ込んでいるセルビア国民は多い。モンテネグロのNATO加盟の際にモンテネグロ国内でセルビア系住民が反NATO加盟デモを行い、またその当時(2016年末)モンテネグロで起きた奇妙なクーデター未遂事件においてロシアとともにセルビアの関与が疑われている。こうした状況下でマケドニアがさらにNATO加盟する状況となれば、セルビア国民から見れば包囲網が狭まった感が強くなり、セルビア国民の対西側感情が悪化する恐れもある。

 そして、セルビア国外のセルビア人の強い親ロシア感情も無視できないファクターである。先にも書いたように、セルビアはボスニア・コソヴォ・モンテネグロのセルビア系住民とタイトな関係を維持している。どの国のセルビア人も強固な親ロシア感情を持っている。コソヴォのセルビア人はロシア国籍の取得を求めた経緯があり、コソヴォの独立を決して承認しないロシアを非常に頼もしいパトロンとみなしている。ボスニアのセルビア人主体の自治体であるスルプスカ共和国は単独でロシアとの強固な関係を維持しており、現ボスニア大統領ドディク氏がスルプスカ共和国大統領であった期間は、プーチン大統領などロシア要人がセルビアを訪問するとベオグラードに来て面談するなどタイトな関係は傍目にも明らかであった。他にスルプスカ共和国警察部隊をロシアで訓練させるなど、スルプスカ共和国のロシアとの関係は一国の自治体としては度が過ぎるものであった。

 こうした周辺国のセルビア人の感情が、彼らとタイトな関係を維持するセルビア「本国」の政権の政策に影響を与える可能性も否定できない。そしてその影響でセルビアのロシア傾斜がさらに進めば周辺のセルビア人住民の、それぞれの「本国」政府との関係を先鋭化させるかもしれない。そもそも、以前の投稿で書いたようにバルカンで武力紛争が起きることは、バルト三国に主に前方展開しているNATO軍の軍事力をこちらに割かせることになり、かつ紛争の激化で新たな難民問題など西側欧州諸国へ負の影響を強く与えることとなり、ロシアにとって非常に都合がいい展開である。ロシアがこうしたことを狙いとしてバルカン政策を行っている可能性は十分にある。こうしたことを踏まえ、西側諸国のセルビアの扱いは注意を要する。

 ちなみに、上で述べた現ボスニア大統領ドディク氏について簡単に書いておく。そもそも「ボスニア大統領」と書いたが正確には「ボスニア大統領評議会議長」である。ボスニアではボシュニャク人、クロアチア人、セルビア人の三民族から選出された3人の代表が、8か月交代で「議長」すなわちボスニア大統領となる。現在は元スルプスカ共和国大統領ミロラド・ドディク氏が議長となっているが、スルプスカ共和国大統領時代から行っている「スルプスカ共和国の日」(ボスニアの司法は憲法違反の判断をした)を議長となってからも強行した。さらに、今月末ブリュッセル訪問を控える中で、「ボスニアの政治決定からEUの影響力を排除する必要がある」と公言し、ブリュッセルでどういった言動をしてくるのか注目される。こうした行動はボスニアを構成するもう一つの自治体、ボシュニャク人・クロアチア人で構成されるボスニア連邦を刺激する可能性があり、8か月の任期中にどれほどボスニア内政において問題を引き起こすかについて要観察、である人物である。


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