今後の東欧を見るうえで押さえておくべきことー今後の世界情勢の俯瞰―

私の見ている東欧は、諸大国の影響を古来より様々な形で受けてきました。現在は、すでに相対的に地位が低下し諸大国の影響下にある欧州の中でさらに欧州域内の地域諸大国の影響を受けているという地域といったほうがいいでしょう。こうした地域である以上、東欧情勢を見るためには、東欧そのものを見る前にまずここに影響を及ぼしている諸大国の動向について知る必要があります。
現在の世界は全体的にかなり大規模に変動しています。ゆえにここの段階で時間を取られてしまうのですが、今回は今後の世界を見るうえで押さえておくべきことを書いていきたいと思います。

 現在この記事を書いている時点での世界は、一国主義回帰を志向しているかに見えるトランプ政権下の米国(未だトランプ政権は既存の同盟諸国を切り捨ててはいないため、まだ一国主義か否かの判断はしないでおく)と、米国の一極支配に挑戦しているユーラシアのロシア・中国・イランの三大国、そして米国との同盟が今後信頼できるものであるのか確信が持てずにいる、これら三大国の周辺諸国に大まかに分けられる。今の欧州はこの「周辺諸国」に含まれる程度に、相対的にパワーが落ちている。それはハード・ソフトどちらのパワーにも言えることである。今や欧州は世界のいくつもの地域のうちの単なる一つであり、まだ若干特別なものとして一部から見られていることを除けば、例えばEUが非欧州諸国において「欧州的価値観」にそぐわない行為が行われたことについて抗議しようと、それら諸国の態度を変える何らの実効性を持つものではなくなっている。さながら、とっくに廃位されたにもかかわらず、まだ自分に権力があると思い込んで実効力のない命令を口を開けば出している君主のごときものである。

 これについての象徴的なできごとは、7月初旬、国連人権委員会において中国国内のウイグル人弾圧について非難する書簡に日本、オーストラリア以外はほぼ欧州諸国の22か国が署名したが、逆に中国の立場を擁護する書簡には37か国が署名した。これはウイグル人弾圧をテロ対策だという中国の主張に、同様な「問題」を抱える諸国が賛同した面があるとはいえ、これは「欧州的価値観」の持つパワーの低下を物語る一例であろう。
 
  ハンガリーのオルバーン首相は、権威主義体制でも経済発展が可能であることは中国が示している、と語っている。中国の大国としての台頭は世界において権威主義体制を取る国々に「夢と希望を」与えるものである。さらにロシアも(経済力では及ばないにしろ)軍事大国として西側諸国と対等に張り合えるまでに成長したことも、それら諸国にとって「励み」になろう。さらに、現在嫌々ながら、だが欧州をモデルにした経済発展のため、あるいは欧州のハード・ソフト双方のパワーの影響下に民主主義を取っている非欧州諸国において、そのモデルの凋落ぶりを目の当たりにすることにより、伝統主義が復活してくると思われる。これは米国も含む西側諸国のソフトパワーの衰退につながる事象となるかもしれない。

 以下は思考実験である。
 今のところ西側諸国のハードパワーがどの程度相対的に低下しているのか考察しているところなのであるが、私が気にかけているのは、仮にロシアが核保有国、さらに米国と相互防衛義務の取り決めを結んでいる諸国以外の国々において核兵器を使用した場合、西側同盟はロシアを「処罰した」といえるほどの実効的な制裁を加えることができるのか? 仮に(あくまでも仮に)中国が香港のデモを軍事力で無慈悲に鎮圧した場合、同じように西側同盟は「処罰」できるのか? そもそも今の欧州諸国に中国に対し経済面だけでも制裁を加えることができるのか?

 こうした事態に直面し、西側同盟が何の実効的な制裁を行えない場合、米のみならず欧州の信頼性は著しく低下するであろう。それは、欧州域内においてもNATOという米の軍事力に担保された同盟に対する信頼性にも傷をつける可能性がある。具体的には、欧州主要国とロシアとの間に存在するNATO加盟国である小国家群は、NATOが頼りにならないものとしてそれぞれの地政学的状況などの戦略環境に応じた防衛政策を追求することになるかもしれない。こうしたことを考えれば、ハンガリーのように二股掛け外交を行っていた国は、進化理論でいう前適応(ある環境への適応のために進化した形質が、偶然別の環境への適応にも役立つこと)を行っていたと言えるかもしれない。

 東欧を見る前に、まずこれだけのことについて観察し考察しなければならない。今現在の世界の動きは激しく、諸大国の各地域へのパワー投射は以前よりもかなり活発になっているため、全体の流れをつかみつつ東欧という多様な国家を含む一地域を見ることは容易ではない。だが、同時に手ごたえのある仕事でもある。今後、常に世界の動きを意識しつつ、欧州東部正面を観察していきたい。


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