マクロン政権の欧州安全保障ヴィジョン

このnoteでは筆者は欧州の辺縁から欧州安全保障について考察するというスタンスです。それゆえ仏独など西欧主要国の内政については必要があるとき以外直接見ていないのですが、しかしこうした辺縁部は欧州安全保障を主導する主要国や域外の大国の地政戦略によって影響を受けるので、辺縁部を見るうえでのコンテキストとしてそれを頭に入れておく必要があります。それに今回のマクロン・フランス大統領のNATO脳死発言からうかがえる地政戦略は今後の欧州安全保障に深い影響を及ぼしかねない可能性があり、筆者としても正面から向き合って考察すべき対象です。ただ、まだまだ考察のための材料が出そろってはいません。今回は前回に引き続き短い記事で簡単に今筆者が考えていることを書いてみたいと思います。


マクロンのNATO脳死発言のあと筆者のTwitterのTLで、欧州安全保障クラスタによるマクロン政権の地政戦略、安全保障政策、そして今後どういった欧州を目指しているのかそのヴィジョンについての議論が盛んに行われました。様々な見方があったものの、仏独の欧州安全保障、さらには欧州の今後についてのヴィジョンにかなりの相違があることは認められました。
実際マクロンの脳死発言は共に欧州を牽引するドイツで反発をもって迎えられました。独首相、独国防相、独外務省はこぞってNATOの重要性を訴える声明を出しています。こうした反応はNATO(そして米国のプレゼンス)の重要性を理解する他の欧州諸国からも聞こえています。
このヴィジョンの相違はつまるところ欧州における米国のプレゼンスがなくなるか否かという論点に行き着きます。この点は欧州にとって死活的であるにもかかわらず今のところはっきりとはわからない(今現在米国が欧州からその防衛力を撤退させる兆候は見られない)ことが意見の一致をかなり困難なものにしています。米国が将来撤退するかもしれないのならそれに備えることは不適切なことではない。だが撤退が結局のところないのであればそれは既存の欧州安全保障システムに深刻な瑕疵を与えてしまう可能性がある。さらに欧州において独を筆頭に米国のプレゼンスとNATOの信頼性は損なわれないという立場の国が多いなら、欧州内に深刻な亀裂を生じさせてしまう。

ところで、マクロンは結局のところどういった欧州を作り上げたいと思っているのでしょうか。これについては十分な証拠が揃っていないのでまだ憶測でしか語れません。ただ、仮にある欧州の指導者が安全保障面で堅実な欧州を米国抜きで作り上げたいと思うならどういったヴィジョンを持つでしょうか。米国抜きの欧州だけで堅実な安全保障体制を築くには、自分たち自身の防衛力増強と並行して当面の安全保障上の脅威とみなされる国と和解する必要がある。さらに自分たちの内部の問題の多い部分は切り捨てることも必要でしょう。
この点について考えると、まずマクロン政権の対露宥和傾向に注目せざるを得ません。さらに、欧州でもっとも問題の多い地域と見なされるのは南東欧(バルカン)ですが、マクロン政権はすでにアルバニア、北マケドニアのEU加盟交渉開始を拒否しています。マクロンがこの地域をどのように考えているかは、マクロンがボスニアをイスラム国の参加者が戻ってきている「チクタク鳴る時限爆弾」と表現したことでボスニアからの公式な反発を買った件から察することができるでしょう。こう考えると、バルカン諸国は現在バルカン域内諸国による自活的な経済機構である「ミニ・シェンゲン」について議論されていますが、マクロン政権がそれに対し好意的なのは、ゆくゆくはバルカン諸国を自活できる状態にして欧州から切り離す意図がある可能性があります。この点については資料が足りないのであくまでも憶測なのですが、どうにも気になる点なので書いておきます。

マクロン政権の持つヴィジョンについて考える場合、個人的に気になるのがハンガリーのオルバーン政権に対する「評価」です。オルバーン政権はEU内の「反抗者」としてEUのリベラル的な価値観に反発し「キリスト教の伝統に基づいた古き良き欧州」を取り戻すことを標榜し、外交面においては露・中・トルコなどいわゆるユーラシア側とかなり接近したスタンスにいます。本来ならマクロンとオルバーンは相反する立場にいる。しかし、オルバーンは10月11日にマクロンと会談しましたが、この記事によれば(あまりこれについての記事がないのですが)オルバーンはマクロンをそのヴィジョンについてハンガリーで非常にリスペクトされていると評価し、「フランスと中欧諸国は安全保障、国境防護、欧州軍の必要性について似たポジションにある」とまで言っています。ちなみにオルバーンはマクロンのNATO脳死発言について、「1999年の(つまりハンガリーが加盟した年)NATOは頼もしかったが今ではマクロン大統領が脳死状態と呼ぶほどだ。周辺諸国が兵器を買っているのを見れば我々は自身の軍を強化する必要がある」と語っています。

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この一件のみでマクロンの欧州についてのヴィジョンについて語るのはもちろん不適切です。ただ、少なくともマクロン政権はオルバーン政権の対露関係強化をある程度買っているのではないでしょうか。オルバーン政権のそうした「実績」を敷石に今後対露関係改善を目指すということも考えうると思われます。

マクロン政権のこうしたスタンスにNATO内の多くの加盟国が賛同するとは思い難く(ハンガリーなどは別にして)、表立っては激しく対立しないにしても、今後仏と独など現状維持派との意見の相違は欧州安全保障システムにダメージを与えていくのではと推測します。

ちなみにマクロン政権のヴィジョンを知るうえで筆者が個人的に注目しているのが12月4日のNATOサミット前に行われるトランプ大統領との会談です。これについてのマクロン大統領Twitter公式アカウントの英語ツイートでは、

Excellent phone conversation tonight with @realDonaldTrump : Syria, Iran, NATO. Many convergences were underlined and we’ll meet ahead of the NATO summit in London.

と投稿されました。とりあえずこの会談の中身を注目しておきたいと思っています。

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