スウェーデンでの多国籍軍事演習ノーザンウィンド2019考察―ロシアからの脅威は現実のものとなるかー

お久しぶりです。ここのところずっと特筆すべきものがなかったのですが、今回は先日始まったスウェーデンにおける軍事演習において考えたことを書いてみたいと思います。ただロシアの今後の核戦略についての私の判断がまだ十分に固まっていないので、今回は無料記事です。

1. スウェーデンの多国籍軍事演習ノーザンウィンド2019
2. この演習の狙い、ロシアからの具体的な脅威
3. ロシアによる二か国への軍事行動、考えられるシナリオ

1. スウェーデンの多国籍軍事演習ノーザンウィンド2019

2019年3月18日から27日、スウェーデン北部のノッルボッテン(Norrbotten)県(ボスニア湾に面した県でフィンランドと接している)において、スウェーデン、フィンランド、ノルウェー、米国、英国が参加する多国籍軍事演習ノーザンウィンド2019(Northern Wind 2019)が行われる。スウェーデン軍とフィンランド軍公式サイトの説明によれば、これは冬季の極地(この県の北半分は北極圏である)における他国軍とのインターオペラビリティ(共同軍事行動遂行能力)などを旅団規模で高める狙いで、NATO(米国・英国・ノルウェーはNATO加盟国である)欧州軍最高司令部のサイトによれば、この演習の目的は「演習ノーザンウィンド2019は(スウェーデン・フィンランド軍の)パートナーシップと協力が肝要となるような時期(有事と訳したほうがいいか)において戦略的に重要な地域において行われる」、
「演習は北部スウェーデンにおいて(演習参加軍が)自由な機動が可能なようにデザインされている。この北部スウェーデンでスウェーデン軍・フィンランド軍は領土の主権を防衛するため敵を撃退するまで戦うのである」(以上本文より)。
 この演習において、米軍(ノルウェー駐留の米海兵隊)、英軍(英海兵隊)、ノルウェー軍をアグレッサー(敵)役としてスウェーデン軍、フィンランド軍が団結して「領土の主権を防衛するために」戦う設定である。このため、筆者はアグレッサー役の参加国軍がスウェーデン国境に入る時点から演習が行われるのかとも考えていたが、実際は演習の前に三か国軍ともスウェーデン軍、フィンランド軍と合流しており、そうした形の演習ではないようである。
ともあれ、こうした建前上の説明をいったんのけておいてスウェーデン、フィンランド両国が直面している戦略環境からこの演習を見ると、西方からロシア軍が侵攻してきた場合に(先に引用したNATO欧州軍最高司令部のサイトの説明のように)スウェーデン軍、フィンランド軍が一体となって防衛戦を行っている間にノルウェー軍と(増強されているであろう)米海兵隊、さらに来援した英海兵隊が共同でスウェーデン領に入りこれら二か国軍の援助を行う、というシナリオが見えてくる。

2.この演習の狙い、ロシアからの具体的な脅威

先述のNATO欧州軍最高司令部のサイトの説明文では、2017年にスウェーデンと米国・仏軍などNATO加盟国が参加した冷戦後最大規模といわれた軍事演習アウロラ17(Aurora17)と同様な軍事演習(Auroraとしか名称が書かれていないが)が来年行われる予定である。また、昨年後半にノルウェーにおいてNATOによる大規模軍事演習トライデント・ジャンクチャー2018(Trident Juncture 2018)が行われ、同時期にフィンランドの沿岸部においてNATO加盟国軍が多数参加した軍事演習NOCO18がそれに並行するかのように行われた。
これらの演習は、その場所から言ってロシアがバルト三国を奪取するために侵攻してきた状況を想定したものであると思える。これらの演習の要はバルト海の制海権維持と、大西洋方面からのバルト海方面への増援、さらにバレンツ海方面からのロシア空海軍の南下に対処するという意図が読み取れるものであった。
だが今回の演習ノーザンウィンド2019はこれらを想定しているとは思えない。ロシア軍がフィンランド、スウェーデンに北方から侵攻してきた場合を想定しているとしか思えないのである。こうした動きを見ると、今現在NATO指導部ではこの危険を筆者が思っている以上に深刻にとらえているのではないか。以前の投稿でロシアがコラ半島・白海地域の軍事拠点防衛のためにフィンランドやスカンディナヴィア半島にNATOとの有事の際侵攻してくるシナリオについて説明したが、そもそもこのシナリオは昨年いくつかあるNATO関連の公式サイトに載ったものであった。
ロシアが、この地域の主要なターゲットであるバルト三国ではなくスウェーデン、フィンランドをターゲットにする可能性については、実のところ昨今の戦略環境を見るとあながち否定できないのである。こう推論する際にもっとも大きな論拠となるのはINF条約の結末である。今後米露が核戦力を欧州において増強する方向にいくのであれば、ロシアがNATO圏に対し攻撃を開始できるハードルは依然より高くなるはずである。それならば、主要ターゲットがバルト三国であってもフィンランドの南岸部やオーランド諸島など島嶼部、さらにスウェーデンのゴトランド島などを奪取しそれらを拠点として地政学的にバルト三国を包囲し、さらにA2/AD(接近阻止・領域拒否、至極簡単に説明すると海上の島嶼部などの陸上に長距ミサイルを配備し敵海空戦力の接近を阻止する)戦略のもとバルト海からNATOの海空戦力を排除し海上交通を制圧してバルト三国を締め上げるといったシナリオが想定される。この場合やはり脆弱となるコラ半島・白海方面防衛のため、必要な縦深を確保するためにフィンランド・スウェーデン領に侵攻してくることも十分考えられよう。この場合フィンランド・スウェーデン北部を制圧できればNATO加盟国であるので攻撃できないノルウェーの東部領土に側面から圧力をかけることができる。この場合、NATOが増強されたロシアの核戦力を前にして防衛義務のないスウェーデン、フィンランドに来援できるかは筆者は今のところ考察途上である。
この二か国に侵攻する場合のロシア国内の理由として、3月15日付のフォーリンポリシーのWebでジョージア元大統領のミへイル・サアカシヴィリは、プーチン大統領の足元はぐらついており、地固めのための対外軍事行動を必要としている、ただジョージアやウクライナなど旧ソ連諸国に対する侵攻はインパクトが弱く、ロシア国民からの喝采を期待するには非旧ソ連諸国への侵攻が適切であり、それは欧州においては米国に反撃されることのないフィンランド、スウェーデンであろうというアーティクルを発表した。これは元ジョージア大統領としてのバイアスも考慮しなければならないが、こうした見方は排除できないであろう。

3.ロシアによる二か国への軍事行動、考えられるシナリオ

こうしてロシアがスウェーデン、フィンランドを主要ターゲットに選んだ場合、それはどういうシナリオになるであろうか。この問題は現段階では答えを出すのが非常に難しい。後述するようにロシアの核戦略が今後攻撃的になるか否か、いま判断を下すのは早すぎるのである。ともあれ、ここでは考えうる点のみ述べてみたいと思う。
この二か国はサアカシヴィリの言うように「狙い甲斐」があるが、それゆえに相応の防衛力を保持しており、国民の国防意識も非常に高く、今までのように旧ソ連圏や他の弱国を相手にした場合のようにはいかないことはロシアの指導部もわかっているはずである。それにこの二国内にはロシア系住民も有力な親露派勢力もおらず、ハイブリッド戦争を仕掛けるというシナリオも望み薄である。今のところもっとも可能性が高いのは今後さらに増強される可能性のある核戦力を使った脅しでこれら二か国の島嶼部などの使用権を獲得、また二か国の北部へのロシア軍の駐留を許可することを要求することであろう。それが上手くいかない場合は実力行使となるが、ともあれ双方の場合問題となるのが今のロシアが核兵器使用に踏み切る閾値をどこに設定しているかである。筆者はロシア専門ではないのだが、どうにも今のロシアはソ連時代よりも攻撃的で武力に訴えるに至るまでの閾値がかなり低い印象があり、それが核兵器の使用という領域にどのように影響しているか、かなり難しい問題である。この二か国の侵攻した場合受けるであろう反撃は相当なものになるであろうが、それに直面した場合ロシア指導部はどのような判断を下すか。こうした危険性についてはこの二か国の指導部も理解していると思われるし、そうした場合脅しによる屈服というシナリオは筆者が思っているよりも現実味があるかもしれない。

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