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【完全解説】パイロットの航空身体検査

こんにちは、あらいぐま機長です。
今日は航空身体検査について解説します。

①航空身体検査とは?

まず航空法 第二十八条に『航空機に乗り組んでその運航を行う者にあっては、航空身体検査証明を有する者でなければその行為を行なってはならない』
という旨のことが記載されています。航空法で決められているくらい大切なことなんですよ。

航空身体検査証明とは、パイロットが空を飛ぶために必要な資格の一つで、エアラインのパイロットは毎年これを受けて自分が空を飛ぶのに適した健康体であることを証明し続けなければなりません。

しかしこれが曲者で、つま先から頭のてっぺんまで。
いやそれどころか、精神科や脳波など頭の中身まで検査されます。

基準もなかなか厳しくて、僕がパイロットを目指していた頃は当時は目の基準が厳しかったこともあり、日本人でこの航空身体検査に通る人は100人に1人とか聞いたこともあります。今は基準がだいぶ緩和されてきましたが、それでも厳しい検査であることは変わりません。
パイロットになった後でも、毎年のこの検査に通らないで降りてしまう人がたくさんいます。

というのもフライト中の飛行機はパイロットが急に気を失ってしまったり、目が見えなくなってしまったり、お腹が痛くなってしまって操縦ができない…となってしまっても変わりのパイロットを送ることができませんよね。
だから健康基準についてはかなり厳しく設定されているんですよ。

②航空身体検査の実施手順・各項目

航空身体検査は国土交通大臣から指定を受けた病院で受けることができます。全国にありますが、病院のリストが公開されています。航空身体検査指定機関一覧
僕たちエアラインのパイロットは会社によってバラバラですが、このうちの会社が契約している病院で航空身体検査を受けます。

実施手順としては通常の健康診断と同じで、病院のカウンターへ行って『アニマル航空のあらいぐまです』と元気よく言って着替えを済ませると各項目の検査結果を書くファイルを渡されるのでそれを持って『眼科』とか『採血』とか、看護師さんに言われた順番に回ります。

時間にして混み具合にもよりますが、2〜3時間くらいかかるのかな?
検査結果に影響が出るので前日の21時以降は食べてはいけないとか決められていて、終わる頃にはもうお腹ペコペコです。

では航空身体検査について、どんな項目があるのか見てみましょう。
航空医学センターが航空身体検査マニュアルというものを公開しています。これがめちゃくちゃ大事で、僕も体で気になることがある場合にはこれを毎回確認しています!

前提ですが、程度の問題があるものは『航空業務に支障をきたす恐れのある』と前置きがされています。この航空業務に支障をきたす恐れのあるってのがポイントにもなるんですが、まずは全体像を把握しましょう。

引用:航空身体検査マニュアル

これは航空身体検査マニュアルの一般のタブを開いたところですが、左の目次のところで見ていくことにします。
僕が覚えている範囲で航空身体検査を行っているつもりで説明しますが、僕は医療の専門家ではないし、毎年やらない項目もあるので間違っている可能性は大いにあるので注意してください。

気になるところは必ず自分で確認すること!

まず上から3つ目の一般。
これは体の変形、肥満、悪性腫瘍、エイズなどの感染症、アレルギー疾患、睡眠障害などがそれに当たります。

航空身体検査の中に体重や身長を測定するのでそれで検査したり、血液検査によってわかります。また検査前に問診票みたいな紙に先に記入しておきますが、これにより睡眠障害などの診断も行われます。

2つ目に呼吸器。
これは気管支喘息、気胸など呼吸器関連の疾患

これは昔うっすらとやった覚えがありますが、酸素ボンベみたいな機械に『ふぅー!』と思い切り息を吐く検査がありました。また喘息や気胸はレントゲンや内科医の診察によって判断されると思います。

3つ目は循環器。高血圧これは収縮期血圧160㎜Hg未満、拡張期血圧が95㎜Hg未満と基準が決められています。心筋症とかの心臓関連の疾患。心電図で分かるものもあります。

血圧も毎回測ります!僕は血圧が高めなのでいつも緊張するところですね。
また暗い部屋に寝転がって心電図も毎回取っています。これで『怪しい波形が…』と言われて再検査になったというのはよく聞きます。

4つ目は消化器。腹膜疾患や急性肝炎、慢性肝炎などですが僕にはよくわかりません。
腹部エコーも毎回やるのでこれで確認しているのかな?

5つ目は血液。貧血や白血病、骨髄に関する疾患です。
これは血液検査ですね。僕は血を見るのが苦手なんですが、いつも3本くらい注射器で血を取られています。これでコレステロールやら赤血球や白血球の数やら聞いたことも内容な用語が検査結果に書かれていますが、『ふーん。。』といつも眺めています。

6つ目は腎臓や生殖器。急性腎炎やネフローゼなどの腎臓の疾患、腎結石、尿路結石など。また妊娠も一定の期間は不適合になります。
これは尿検査や血液検査でわかるのかな?痛風で有名な『γ-GTP値が上がってきて…』というのもよく聞きます!

7つ目の運動器系。これは骨折や欠損、外傷ですね。
医師の診察がありますが、ベッドに転がって『かっけ』のチェックなんかもあります。

8つ目は精神。これはうつに代表される精神疾患。てんかん、アルコール依存などが入ります。

脳波検査や精神科医との面談、問診票によりチェックされます。
精神科医との面談もあるなんてびっくりですよね。これは昔、鬱や精神疾患の疑いがあるパイロットによる航空事故が起こってしまったことで厳しくなりました。

9つ目は眼。これは視力ではなく緑内障など目の疾患
眼科医によって暗い部屋で目にライトを当てて目の隅々まで見られます。また眼圧のチェックにより緑内障がわかります。

10こ目の視機能。これがいわゆる視力ですね。遠見視力、中距離視力、近見視力、視野や色覚などまで検査されます。

学校でやってきたような視力検査はもちろん、手元でもっと小さな『C』を見る近距離視力、いろんな色の点が文字になっているような色覚検査。
視野の検査は病院によって違いますが、暗い部屋でドームに目を当てて視野のいろんなところで光る点を見つける検査。片目だけで2本の棒のどっちが近いかを当てる並行視力なんかもやったことがあります。

11こ目は耳鼻咽喉。中耳炎やメニエール病、難聴などの耳の障害。平衡感覚、高度な鼻閉を伴うアレルギー性鼻炎が入ります。花粉症もここに入りそうですが、程度の問題ということですね。

みんなやったことがあるだろう消音室に入ってヘッドホンをつける検査もあるし、体重計みたいなのに乗って平衡感覚を測るものもあります。また内科医に鼻のチェックもされます。

12こ目の聴力。これはそのままですが、小部屋に入ってヘッドフォンをして音が聞こえるか検査します。

最後に口、歯。口周辺の疾患でひどいものは虫歯もだめなのかな?
そういえば昔教官に『訓練前に虫歯は直しておけよ』なんて言われたことがあります。

…と、こんなにたくさんの項目があります。なんだか自分が丸裸にされたような気分になります。

ここで色々気になった人もいるでしょう。『自分は花粉症だけど大丈夫かな?』『肥満もだめなんだ!自分はちょっと…』とか。

次のポイントに移りますが、程度によっては飛行機を操縦しても全然問題ないよってものもたくさんあって、それは全部『航空業務に支障をきたす恐れのある』と書かれています。
でも、それってどれくらいよ?ってのが当然の疑問ですよね。

③何か引っかかるものがある場合にどう判断されるのか

さてこの辺からが航空身体検査の難しいところです。
エイズなどの病気や血圧オーバー、視力が基準を満たさない、というのはわかりやすく不合格になりますが、曖昧な部分があるんですよ。

さっきの肥満とか、花粉症による鼻詰まりなどは、航空業務に支障をきたす恐れのある場合には不合格ということになりますが、その程度を決めるのは、航空身体検査証明を出す医師となります。

航空身体検査を行う資格をもった指定医が全国にいて、それぞれの航空会社はそのいづれかに委託して航空身体検査を行います。

その担当医の経験や総合的な判断のもと、『この程度だったら航空業務に支障はないね』と判断されれば航空身体検査に適合となります。

ここは厳しい部分もあって、これが原因でそのパイロットが事故を起こしてしまった場合なんかにはその医師にも『なんでOKしたんだ?』って話になるかもしれないので、甘い見込みはできません。

だから適合かどうかは医師によって判断が異なる可能性は充分にあります。

また上の検査を指定された中でも持っている検査機がみんな一緒ではありません。最新の機器を揃えている病院もあるし、昔の機器を使い続けている病院もあります。

だから検査機によって厳しい結果になるということもあります。

そんなわけで『こっちの病院では通らないけど、こっちでは通る』ということが起こり得ます。

逆に言うと、『自分はこんな症状があって不安なんだけど…』というのは最終的には担当する医師に聞くまで分からないということになります。

これが辛いところですね。
また他の不適合状態とされる病気についても、完治していれば良いものと既往歴があるだけでダメなものがあります。懸念がある人は詳しく確認してください。

では次にパイロットを目指す人が気になるであろう、自社養成や航空大、私立大学の入社試験、入学試験時の航空身体検査はどうなの?というところにいきます。

④自社養成試験時、大学入試時の検査の基準

結論から言うと、入社試験、入学試験での航空身体検査は上で説明した基準よりも厳しく設定されています。

その理由はこれから退職するまで、この航空身体検査基準に適合し続けられるかを判定する必要があるためです。

航空身体検査マニュアルにあるのは国が定めた基準で、絶対です。『おじいちゃんパイロットになってもこれを満たしていればOKだよ』というものです。(実は60歳以上は付加検査というものが出てきますが…)

だから自社養成試験時ではそれよりも余裕を持たせる必要があるし、大学などでは卒業時に各航空会社の身体検査に合格しなければならないので、より厳しい基準で設定している可能性が高いですね。

ではその具体的な基準は…というのはまた難しいところで、会社や学校によって経験的な判断基準があるかもしれませんが、判断に迷うところは基本的にはその会社の産業医が決めることになると思います。

つまり、受験する側からは分からないということになります。
僕にもわかりません。

僕が大学を卒業する時にも航空大と自社養成を受けましたが、そのうちの身体検査で落ちたところと受かったところがあります。

しかし、落ちたところも何が原因だったのか、ついぞわかりませんでした。
シビアな世界です。

⑤これから受けるに当たって対策できること

一番のおすすめは、早めに自分で航空身体検査を受けてみて適合しない部分がないか確認しておくことです。

結構高いんですけど、僕も学生時代にそうしました。
絶対に無理ってわかっていればさっさとパイロットを諦めて他の夢に切り替えられるかもしれないし、適合しない部分があっても早めに治療すれば試験までに適合状態に持っていけるかもしれません。

ここまで説明したように、航空身体検査はたくさんの項目があるので、自分の経験や感覚で『自分は適合』とかを判断するのは不可能です。

僕は幸い健康には自信があったんですけど、花粉症だけが気がかりでした。
でも自分で航空身体検査医に相談したことで、『これくらいなら現役のパイロットでもたくさんいるから大丈夫だよ!』と言われてホッとしたのを覚えています。

また栄養のある食事、日頃からの運動、しっかり寝ることはもちろんですね!
目が悪いとか自分ではどうしようもないところでは諦めもつくかもしれませんが、自分の不摂生のために不合格になってしまうのは勿体無い。

でも若いうちはここではあんまり差が出ないのも事実なので、そこまでストイックになる必要はないのかなーと思います。

今日はここまで、航空身体検査について解説しました。

体のことは個別性が強いし、医療については医師と素人では知識レベルに大きな差があるので、何が懸念などがある人は、自分で判断せずに必ず航空身体検査医に相談してください!

じゃあまた次回!読んでくれてありがとうございました!

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