炎の男の実録檄白手記!~俺の備忘録~Vol.6

さっきまで奥さんの暖かい肉体を抱いていたと思ったら、脱いだ服を抱えてベッドの下で震えている俺がいる。
 突然の旦那の帰宅。
 天国から一転しての地獄だった。とんだアンダー・ユア・ベッドだよ。

 床に顔をつけながら、薄目を開けて部屋の観察していると黒地のズボンと高級な靴下が視野に入った。
 おそらく旦那の足だろう。
 それにしても高そうな靴下だ。シルクか。
 「や」の付く自由業の人が穿く靴下は一味違うなと妙に納得したね。

 みしっ。
 ベッドが軋んだ。
 旦那が横になったんだ
ろう。緊張感で俺の身体が強ばった。
 そりゃそうだ。
 ほんの数十センチ、マットレスを挟んで俺と旦那がニアミスしているわけだからさ。 小さな物音もNG。気配すら消さないといけない。
 震えることすら厳禁だ。
 
 上には怖い自由業の旦那。
 見つかったらどんな仕打ちにあうかわからないんだから。そりゃ、生きた心地なんてしなかった。
 この状況からどうしたら抜け出せるのか……もうそればかり考えていた。
 
 結局、朝までベッドの下で悶々としていたわけさ。
 息を殺してね。
 見つかったら最後だと思ったから石みたいに固まっていたよ。

 豪胆と言うか無神経と言うか、そんな状況でも俺は寝落ちしていたようだ。

 いつの間にか夢を見ていた。夢の中で何者かに追われている俺がいる。
 追い詰められて森の中に逃げ込んだら、雑草に足を取られて道脇の泥沼に落ち込んでしまった。
 角刈りでガタイのでかい男が薄ら笑いで近づいてくる。
 上半身裸で入れ墨が見える。そいつが手を差し出した。
 俺はイヤイヤをしてその手を拒んだ。
 その時だった。
 「もう大丈夫よ」
 どこからか奥さんの声が聞こえた。瞬間、男の姿が消える。ハッとして目を開けると、ベッドの下だった。
 「大丈夫だから、出てらっしゃい」
 夢から醒めた俺は、その声に促されるようにベッドの下から這い出した。

 コーヒーのいい香りがした。見ると、キッチンのテーブルにトーストとコーヒーカップが並べられていた。
 「運が悪かったわね。旦那が帰ってくるの月に一回くらいなのに」
 テーブルでコーヒーカップを手にした奥さんはサバサバした口調でそう言った。
 「改めて、していく?」
 って言われたけど、さすがに遠慮した。コーヒーだけいただくと、引き留める声を無視して家を飛び出した。

 俺も懲りない奴だなと思うよ。部屋に戻ったら早速パソコンを起動させている。
 あんな目に合ったばかりなのに、もう新たな出会いを探そうとしているんだもんな。
 
 次に約束したのも、それなりにお金持ちの奥さんだった。この手の女性に共通してることがある。
 メールでやりとりしてわかったことは、

○子供は成人して家を出てる○家事なんてする必要がない○暇をもて余している
○自宅に呼びたがる

 いわゆる有閑マダムって奴だよね。有り余る時間と財産をバックに、出会い系で適当に遊んでるってわけよ。
 釣糸に美味しそうな餌をぶら下げてさ。ずっと獲物を待っているんだ。
 ダボハゼじゃないけど、俺は思わずパクって食いついてしまった。

 待ち合わせはその人の自宅だった。やくざの旦那から保々の体で逃げたした時は、2度と他人の家には行かないと思ったこともあったけど、またしても聞いた住所に足を伸ばしている俺がいた。

 玄関のベルを鳴らすと、中年のおばさんが扉を開けてくれた。おとなしい感じの女性で、昼間から若い男を家に引き入れるタイプには見えなかった。それほど美人ではないけど、知性的だし上品だし上玉であることは間違いない。
 ワンピースも単色だけど高価なのはわかる。

 招かれた寝室はイギリスの皇室のそれだったね。
 文字通りキングサイズのベッドに促され、半裸で横になってるといつの間にかスリップ1枚になった奥さんが傍らにいる。
 すでに甘い吐息を漏らしている。興奮して彼女の上半身を抱いた時、ドアの隅に男性が立っていた。
 年の頃なら60過ぎだろうか。白髪を綺麗にオールバックにした上品な紳士だった。
 驚いて身を硬くしたが、奥さんは
 「いいのよ」
 と。
 「旦那も承知なの」
 なんのことはない、夫婦の趣味で俺を呼んでいたのだ。
 マンネリになった性生活のカンフル剤に使われただけなのである……。

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