小説「#天然記念物になりたい」

 場所は新宿。夜がやってきてまもない初夏の18時ごろ。南口の大通りが心臓から伸びる太い血管だとすれば、そこを歩く人々はとめどない血液といえよう。代々木へ続く道の先に連なるビルは無限で、その上に紫のもやがかかるその景色は冷えている。
 今日も沿道では、ガードレールの線にあわせてたくさんの路上ミュージシャンたちが列をなしては、たがいの音が交わるのも気にせずに、おのおのの歌をうたっていた。あるものはカバーをし、あるものはスリーピースで軽めにビートし、またあるものはギターを打楽器のように改造して叩いて音を鳴らしていた。
 通り過ぎる人が大半で、たまに足を止めるものもある。
 無関心な夜の入り口。
 

スギモトの場合

 スギモトは、12時半ごろ新宿の西口に降りたった。
 ガヤガヤした改札を抜けて、かげった石畳のロータリー周りをいく。サラリーマンや友達連れの女性などがまばらに歩いていた。
 そこを抜けていく。
 ふいに風が通ると薄いロングスカートがひらめいて、スギモトの足やそのむこうの空間を自由に泳ぐ。スカートの先っぽは、伸びたり戻ったりを繰り返して、遊んでいるように見えた。
スギモトは、これがダンスになれば良いのにとおもった。
 オフィスビルの群れを越えて、レンガ造りの建物が見える。「Raw Studio」という金文字の看板の下をくぐり、地下へ続く階段を降りた。
 透明なガラスの扉からは、すでにちらほらとメンバーがアップを始めている姿がわかる。
「おはよう〜」
「おは」
「おはよう」
 まばらなあいさつもそこそこに、肌着に近い練習着に着替えた。
 鏡に映る自分を見ながら、アップを始める。朝起きると、体は必ずリセットされる。アイロンのように膜に寄ったシワを伸ばしておかないと、ただダンスの邪魔をするばかりで、意味がない。
 残りのメンバーもやってきて、スタジオ内には人の空気が満たされた。時間の五分前にやっと先生がやってきて、稽古がはじまる。
「今日はインプロをしつつ、今度の作品に向けたワークをやっていきたいと思います」 
 時間は13時。スタジオでの三時間は、長いようで短い。
「ペアごとのインプロから始めましょう」
言われて、近くのヒライを見ると近づいてきた。スギモトと違い体格の小さい彼女との即興は、コロコロと入れ替わって面白い。
向かい合わせて合図を待つ。
パン、と先生の手が鳴った。
スギモトがすっと向かったと思えば、ヒライは彼女の体の中心へ飛び込むようにやってきて、スギモトの手が無意識に広がる。面積の少ないその背中をなぞってやろうと、ひらりスギモトはひるがえり、腕でそこに着地する。そうしてお腹をこすろうと思った矢先に、ヒライはもうこちらを向いてかがみ、今度は足元に回ってくる。低い位置へ導いているのだ。スギモトはその思考を読んで、ヒライの体を蛇のように通過し、寝転がった。そして、足で彼女に触れる。
 ヒライはインプロ中、その小さい体を大きい相手に包んでもらおうとするきらいがある。しかしながら、そればかりでは即興の面白みが出ないため、スギモトはしばしば彼女の思惑を裏切る。そして、新たなアプローチであろうものを提示する。
 ヒライはスギモトを追うような形でインプロを終始おこなっていった。
 パン。
 全員が動きを止める。ペア解消の合図だ。
 ありがとう、と告げて、次のペアにうつる。
 何度か繰り返し、こうして体や気持ちの面がほぐれてきたところで、本題になった。
「今回は、思いやるということをテーマに作品作りをします。見ている側が、ダンスから温かみや人情、優しさを感じられるような雰囲気を作りたいのです。さて、思いやりとはなんでしょう」
 スギモトは、周りがすこししらけるのを感じた。
あっ、きっと難航する。その予感がとっさに背筋を走った。
 先生の話はつづく。
「たすけてあげること。抱きしめてあげること。相手に合わせること。」
 言葉が落ちるたびに、その雰囲気は固まっていくようだった。
「相手の望むものを渡すこと。そっとしておいてあげること。励ますこと。」

「あげたこれらは、すべて間違っています」
 みんなの半呼吸分、部屋から空気が減った。
 スギモトは風向きが変わるのを感じた。
「というより、枝葉の部分であると言った方がいいでしょう」
 先生は、声の色を変えずに言葉を続けた。
「思いやりとは、どんな形であったにせよ、相手がいて初めて成り立つものです。つまり、一人でないかぎり、かならずそれは発生します。よく『これは思いやりではない』といって攻撃もしていないのに、自分をさも悪くいう人がいますが、これは間違っています。また、『それは思いやりではない』と、相手に対して杓子定規に決めつける人がいます。これも違います。良いとか悪いとか、その次元は浅く、はかないと知るべきです。好き好きなのですから」
 一様に退屈をしていた顔が、微妙な差異でさまざまな色合いに分かれていくのをスギモトは見ていた。真剣に聞くものもあれば、苦い茶葉でも含んだように奥歯を噛んでいるメンバーもいた。白ける、とは程遠い質量をはらんだ空間を肌に感じる。
「まずはあなたたちの思う思いやりを表現してください。そこから、探り探り……」
 先生の指示でおのおのが体を動かしはじめた。が、しかしその動きはなんだかぎこちないように見える。
感情がながれこんで体を固めることは多々ある。
 慣れない要求にみな、おおかれすくなかれ戸惑っているようだった。
 スギモトも、周りに倣ってダンスを始めた。思いやり、という言葉から連想するアクションを常に二、三個ほど頭に用意しながら、それらをランダムに紡いでいく。広げた両手の中にハスの花が咲くイメージで広げたかと思えば、今度は質感イメージ。しなやかな粘土になった気持ちで腕を伸ばしうねらせる。思いやり、からは優しいという言葉が湧いたから、見ているものがやわらかいと思える動きを披露する。太古の王宮で踊られていたような、上品で華やかな感覚が伝わればと考えた。
 続けていくうちに、スギモトは様々なことが頭をよぎるのを感じる。
「愛情」
 先生が一つ、言葉を落とした。
 体の転換が要されている。
 スギモトはすぐさま発想の源をすげかえる。
 愛は、硬くてゆったりしている。
 体に少し力を増やして、先端の感覚を大事にする。
「友情」
 また変わった。
 昨日あった友達のハヤシを思い出して、並んで歩いたり、はしゃいだり、急な動きをメインにする。
 ポップで跳ねるイメージがあるのでそこから体を動かした。
 じゃっかん、肺が苦しい。
 周りを見ると、「思うようにいかない」という体の叫びが聞こえた。
 スギモトには、体からたびたび声が聞こえる。筋肉の収縮、関節のなめらかさ、表情、いろいろな情報からスギモトは目の前の人の叫びを時々、聞く。
 こういった集団ワークでみなが一様なおもいに染まりやすい状況では、なおいっそそれが加速するのだった。
「感謝」
 「むずかしい」。
 スギモトの頭にはいっしゅんその言葉が聞こえてきた。
 お花をあげる、という場面が思いついたのでそれを順々に追うことでなんとかやりすごす。
 くるりと花束を丸める動きの際に、ちらりと先生の顔を見た。
 つめたい。
 スギモトはなにがなんだかわからなくなった。
「やめ」
 止まる。
 芽吹く植物の早回し映像のように、みながゆらゆらと体をもちあげ、先生の方を見た。
「ね、相手がいないと、難しいでしょう?」
 ふっと、やわらいだ先生の顔に浮かぶやわらかな笑みにスギモトは、じんわりと自分が恥ずかしくなるのを感じた。

            ***

ヒノカゲの場合

 ヒノカゲは、化粧をしながら今日の予行練習をしていた。
 肌にファンデーションを塗りたくり、アイブロウで眉を整え、マスカラを丹念につける。昔テレビで見た光景によく似ているので、ヒノカゲはまつげメイクを「蒲焼き」と呼んでいる。心の中で。
「こんにちはぁ…ゴホッこっこっこっ、こんにちはぁあ」
 音の高低を気にしながら、発音する。
「タカシさん、タカシさん、タカシさん」
 呪文のように相手の名前を唱える。さながら、歌手の本番前のような声出しだった。
 大体が仕上がって最後に口紅を出す。
「こんにちはぁ」
 口の形に合わせて慎重に塗ると、用意が整った。
 ヒノカゲは鏡の前で笑顔を作り、化粧のノリも同時に確認する。じゃっかんぱりぱりとしているが気にしない。
 バッグにペットボトルと財布をつっこんで、ケータイを確認すると、すぐにでも出なければならない時間だった。
 急いで靴を履いて、玄関から出る。
 バッグを漁って、内ポケットに手を差し入れた。
 指先に触れるのは布の感覚だけだ。そこにあるはずの、カギがなかった。
 えっ、とヒノカゲは思い、慌ててバッグを地面に置く。浅いポケットだから持ったときにこぼれてカバンの底に落ちたのかもしれない。きっとそうだ。そうじゃなきゃおかしい。
ネイルした指で奥を探る。化粧ポーチや水のひんやりさ、大きな手帳などの感触はするが、金属らしいものは感じられない。
「えっえっ」
 次第に、焦りが声に出始めていた。
 なぜカギがなくなるのだろう。なくなるはずがない。私は昨日、帰宅時にカギを使った。そしてこのポケットに戻したはずだ。いや、はず、と言えるほど記憶は定かじゃない。ここにないのも事実だし時間も迫っている。今の今まで一歩も外に出ていないからあるとしたら家の中だ。
 戻ってしらみつぶしにありそうな場所を探す。乱雑に脱いだ服をさらにかきまぜて、床の奥を探るが、ない。テーブルに置かれたリモコンや使いかけのハシ、書類の山などをひっくり返す勢いでめくっていくが、ない。ぐちゃぐちゃとした掛け布団を大きくめくると、風圧でゴミ箱のティッシュが飛んで行ったが気にしない。マットの脇や下を見るけれど、そこにもない。
 どうしよう、このままじゃ出られない。
 ドタドタと玄関に戻り、靴箱の上をさらう。置物が邪魔なのでザーッと後ろによせ、カゴの下などを入念に見る。
 ない。
「なんでっなんでっ」
 声を荒げてしまう自分を分かりながらも、抑えるにはイライラがあまりに大きいため、ヒノカゲは喉の動くままにする。足もそれに合わせて踏むのが強くなってきた。それもヒノカゲはわかっている。しかし止まらない。
「ああもうっなんでっ」
 なんでって、同じ場所にしまわなかった自分が悪い。とは口が裂けても言えない。
 ヒノカゲは、カギが見つかるまで本気で魔法の存在を信じる。カギをどこかへ運んだ意地の悪い魔法使いがいることを信じている。

 とうとう家の中の思いつく場所は探し尽くした。
 じっと、立ち尽くす。
 ヒノカゲは、いつも以上に頭をフル回転して戦っていた。
 だれって、可能性を潰す自分自身とだ。
 スマホを見ると、もう間に合う電車はいってしまった。こうなれば、遅刻を最大限に抑えるために次の電車までにカギを見つけなければならない。
 もう一度、じっとする。深呼吸も忘れない。
 だが、イライラは止まらない。
 もしかして、とヒノカゲはバッグに手を伸ばす。が、それはないだろうと捜索の二週目をはじめようと思った。
 じーっ。
 バッグに手を伸ばす。
 そして外ポケットを開けた。
 のぞくピンク色の毛並み。取り出せば、キャラクターの人形とその先に着いたカギが現れた。
 (思い出した。昨日、中に戻すのが面倒で外ポケットに入れたんだった)
 肩が落ちるのを感じて、そこから体にも重量がおりてくる。わぁっと、蜘蛛の卵をつついたように、自分に対する呪詛が溢れ出す。
 ワンテンポ遅れて、急がなければという気持ちが戻り、ヒノカゲはドアへかけた。
 ヒールのかかとを踏むのもかまわず、カンカンと外廊下へ出、カギをかけようとする。が、焦りからかぽろっと手からすべりでて、大きな音があたりに響いた。
「ああっもうっ」
 勢いをつけて拾いに手を伸ばすと、精彩を欠いて今度はカギを掴み損ねた。
「なんなのよっ」
 焦れば焦るほど、ミスが増える。
 それもヒノカゲはわかっているのだ。
 三度目でやっと拾い、カギをかけることができた。
 一目散にヒノカゲは走り出した。次の電車が出るまであと五分。

         ***

ヤマモトの場合

 ヤマモトは、自宅でスパゲッティをすすっていた。野菜のないミートソースをかけただけの安っぽい味である。
 ひとつひとつ、ゆっくりと巻いてひとくちでパクつく。
 これといってなんの特徴もない食べ方だが、充足という言葉がよくあてはまった。
 もっもっ。半分になり。もっもっ。4分の1になり。もっ。最後の一口になった。
 風や木のしけった匂いが部屋に入ってきて、初夏を感じる。
 食べ終えると、すぐに流しへ向かい皿を流す。洗い終えると軽く水を切り、シンク横の干し場にさしてやる。
 しゃれっ気のない部屋には、一輪だけ小さな黄色い花がラックのうえに飾られていた。
 エド・シーランやあいみょんがスピーカーから流れて、開けられた窓の網戸からは青々と雑草がゆらいでいる。
 ヤマモトは、ときにアコギのストロークへ、ときに風がなでる草の調子へ、その体をチューニングしてはリズムを変える。なんの合図もなくスムーズな流れで気分次第に変わるので、もし彼女の部屋にカメラを仕掛けた観察者がいたなら、小動物のカゴを見つめているような心持ちになるだろう。
 ヤマモトにとって世界で同時並行して飛びかうリズムは、すべて自分のものだった。遠くでばふばふと鳴るシート、雨の音、通り過ぎるバスの楕円線形なエンジン音、家の横を過ぎるひとびとの会話……。
 法則などはない。
 心がすべてを知っている。
 ヤマモトは意識の下で、そんな言葉を持っている。それは表面に出てくることはなく、いつも脳の奥深くにしまわれている。
 だからこそ、それは強く現れる。
 ということも、ヤマモトは無意識に悟っていた。
 リアーナのポップスが機械のランダムに選ばれて流れ始める。もう、そのとき、ヤマモトの足はスネアと同期していた。
 外に雨の気配がする。

            ***

スギモトの場合

「もっと忙しなく」
 尖りの若干増した先生の声が、次々とみんなの体を変えていくのがスギモトにはわかった。
 ラジカセからコーヒーショップのざわめきが延々と流れている。
 稽古の最後に、先生の試したいワークを実践している最中だった。
 最初は、音から感じるリラックスをリズムに変換して表現していたスギモトだったが、「遅い」との鋭い指摘が飛んですぐさま速度を変える。が、まだ遅い、と彼女はスギモトめがけて突き刺した。
 なにが遅いんだろう。
 スギモトの頭には謎がいっぱいだ。
 先生は、私になにをさせたいのだろう。
 だんだん、音と体の動きが乖離し、ラグが生じるようになる。それが気持ち悪くもあり、またそれらしくもあった。
 先生はとうとう歩き始め、生徒一人一人に指示をしだした。
 するとどうだろう、動きがぱっと変わっていく。ゆっくりするものもあれば、いっとう忙しくするものもある。ヒライなどは、すばしっこくあたりを自由にかけていた。
「あなたは店員をやって」
 スギモトの番になり、先生はそう囁いた。
 そこで彼女は、なるほどと理解した。
 そしてまた、少し恥ずかしくなるのを止められなかった。
 私、お客さんの気分でこの音を聞いていたんだ。
 辺りを見渡すと、見事にグラデーションがかかり、カフェにおける人間模様のマーブルがつくられていた。親子連れ、女友達、商談、けだるげなアルバイト……。つい、あっけにとられて踊りが止まりそうになる。
 先生は、面白いなぁ。
 スギモトの顔に満足の色が見えはじめた。想像からダンスを広げるタイプの自分にとって、このような称号をさずけられるのは渡りに船。
 思いつく限りの、店員アクションをダンスに盛り込んだ。スギモトのポニーテールが揺れてそれもビートになる。
「次、いくよ」
 先生がラジカセをいじると、今度は雨の音が鳴りはじめた。
 すぐさまつま先を意識して、床を大きく叩く準備に入る。

「先生のこと苦手だわぁ」
 稽古が終わった午後4時過ぎ、Raw Studioの階段を上がるとアスファルトが濡れて黒くなっていた。夕立が通ったらしい。止んでよかったねと口々に言いあい、雨が洗った空を高い声で鳴らした。初夏の夕方は案外すずしい。雨上がりならなおさら。白いベタ塗りのマンションや無機質なビルも、日に照らされて様変わりする。この時間のために、街が待っていたのではないかと、スギモトには思えるのだ。そして、こんな空中を大小さまざまに広がりながら、自分の体で埋めることができたのならどんなに心地よいだろう。そう考える。スギモトの頭には重力と座標の概念がなかった。
 誰が言い出したわけでもなく自然と入ったカフェで、ちょっとした沈黙のあとのことだ。トキオカは練習終わりから苦しそうで、入店した時にそれがちょっと顔にのぼりすぎていた。席に座りコーヒーを含んで、ホッとしたらしい。
「あの教え方、キライ」
 痛い。と、どこからともなくスギモトは音を聞いた。
 ストローをくわえてミルクティーを一口飲む。
 トキオカのアイスコーヒーにびっしりとついた結露。
「うーん、ま、わかりにくいよね」
 マツヤマが賛同した。
「カフェの時が一番わかんなかったかも」
 ヒライがそういったとき、スギモトは本当? と聴きたくなった。
「指示が的確じゃないんだよね」
「抽象感はいなめないかなー、うん」
「んー、私子供になれって言われてさ。あのとき。よくわかんないままなんとなくやるだけで終わっちゃって」
「私もなんだよね、秘密を打ち明ける女友達」
「私はパソコンいじってる女」
 スギモトはそれぞれの体と役割を混ぜ合わせ、ダンスを思い出した。
 あの場で感じたのはもっとスムースな感情だったけれど。
 マツヤマ、ヒライは最初、ここにいない先生の顔をうかがって言葉を選んでいたが、共感の穴を見つけるとゆっくりでも確実に、広がっていくようだった。それはあまりにスロウで、だからこそ取り返しがつかないのだと、スギモトはそのときわからなかったし、止めることができなかった。
「今回の公演不安かも〜……」
「ちょっと、恥ずい」
 みんな体に角度をつけて、手が前に来ている。
 守護のポーズだ。
 自分を守っている。
 なにから?
 だれから?
 わからない。
 だけれどスギモトには唯一、確信して言えることがあった。
「ねえ」
 今の状況。これも、ダンスだ。
「あなたはどうなの?」
 え、という漏れた声が、カフェに入って初めて出した言葉だとスギモトは気づかない。
「今日の稽古、どうだった?」
 ミルクティーが汗をかく。
 どう言おうか、という逡巡は一瞬だった。
「私は楽しかったよ」
 彼女たちの視線が固形になる。体からは何も聞こえない。
 有線で知らない洋楽が流れている。木目を基調とした店内は、ランプシードまで木で作られている。コーヒーを挽く大きなミルが見えた。
そこで、スギモトはやっと、ここがカフェであることを自覚した。
「あっ、そう」
「スギちゃんめっちゃ当てられてたじゃん。先生だから当然だけどさ、なんかいらつかん?」
「うーん、でもやりたいことはなんとなくわかったし」
「それを最初から伝えろって感じじゃん」
「でも、前の公演もそういう感じじゃなかった?」
 マツヤマとスギモトは、前回も共演していた。その団体の主宰も、感覚を大事にする人だった、とおもう。
「えー、あそことは全然違うじゃん」
 トキオカは、いらつきを隠さないようになっていた。
 ざわめきのなかに子どもがいて、女子高生がいて、企画の会議を談笑しながらすすめるクリエイティブの人たちがいる。
 今日のワークで見た光景は間違いではなかった。
 空気が悪い。逃げたい。わからない。
 スギモトは、冷静に流れ込んでくる言葉をさばいていた。それが体の落ち着きに現れていく。きっとこの子たちには異質、気取っている、などと思われるだろうな、ということもわかった。
「そうかなあ」
 無難。
スギモトもそうだなぁ、とおもった。
「スギちゃんはすごいなぁ」
 え、とまたスギモトは口から漏れる音を聞く。
ヒライがスギモトを見つめていた。
「純粋に、楽しんでる」
 まっすぐに。
 カランと、氷が小さく鳴った。

            ***

ヒノカゲの場合

 ヒノカゲは待ち合わせの13時より五分遅れて新宿駅に着いた。映画をバルト9で見る予定のため、南口から広場を突っ切り、靖国通り前のビルまで走っていかなければならない。
 頭の中で、何度も最初の謝罪をつくりなおした。
 冷静に、普通に謝るだけで大丈夫だ。大丈夫、大丈夫、大丈夫。
 改札を粗く越えて、走る。お昼時の新宿は平日だろうと土日だろうと気持ち悪いくらい人がいる。時間に余裕があるときはきちんと人だと認識できるのに、いまヒノカゲには目の前を歩く全ての人がスーパーマリオでいうクリボーたちに見えていた。
 どいて! どいて!
 口にはしないが心で叫ぶ。
「どいて!」
 ああ、口から出ちゃった。
 高田馬場あたりで相手にはLINEをおくった。なるべく申し訳なさそうに、かつそっけなく見えないように、控えめな絵文字をのせた。
 ごめんなさい、ちょっと遅れます🙇‍♂️
 ヒノカゲは、こういった文章を送るとき、バカみたいだ、とおもう。相手だってこんなもの見ても、ただのテンプレートだとしか思わないだろうに。
 世の中には儀礼というものが多すぎる。
 相手からは「大丈夫だよ〜ゆっくりきてね!」とすぐ返信が来た。
 きっともうついてるんだろうな。慣れてるなぁ。
 ヒノカゲには許しのLINEまでがセットでテンプレート化している。
 走りながらハンカチで頭を拭くと、汗が飛び散った。それも気にしない。いまは1秒でもはやく着くのが先だ。
「どいてー!」
 階段を駆け上がって南口から出ると、ゲッとヒノカゲはうめいた。
 一面が暗く染まり、イレギュラーな雨が降りしきっていたのだ。
「うそでしょー!」
 あいにく、降るとは思っていないためヒノカゲは傘を持ってきていない。
 ちくしょう、傘を買うほどの時間の余裕もない。かといって、ずぶ濡れになるのは避けたい。化粧も髪も台無しになる可能性が高い。
 どうする私。
 ……。
 バッグを頭の上にかかげ、見えない結界に阻まれたようにひさしの内側に並ぶ知らない人たちの間から飛び出した。
 当たらなければどうということはない。駆け抜けろ、私。
 それなりに大粒の雨は、確実に、そして容赦無くヒノカゲを濡らした。

 バッグを犠牲に、なんとかバルト9前へたどりついた。
「あああぁ!」
 軒先にすぐ逃げ込む。やっと雨の猛襲から逃れることができた。
 体をはらって、一旦落ち着く。
 はぁはぁっ、と荒い息を整える。あまりに体がきついので一瞬、遅刻していることを忘れてしまった。
 申し訳なさをもう一度身につけて、ヒノカゲはラインを打った。
 ごめんなさぁい、遅れてしまって💦
   どこにいますか?
   スマホを開いてタカシのラインを開く。
「ごめん」
   えっ。
「急な用事を思い出して」
   はぁ?
   どうしましたか、大丈夫ですか。
「会えなくなってしまいました」
   ドタキャンだー!!
   えっ、どうして!
「えっとその」
   文面でどもるな。
「親戚が急に死んでしまって」
   ズル休みの定番じゃん。
「ということで」
    ということでじゃねえんだよ!
    絶対私の顔見て帰っただろ。
 ちくしょう、とその場でヒノカゲは崩れ落ちる。周りが見てくるのもかまわず、呪詛のようになんども恨みの言葉を口にした。
 ただじゃおかねえ、と心の中で言ったところで気づく。
   …待って。
   近くにいるんじゃない?
さっきのラインだって、会う前提だったし。
 待ち合わせ場所にさっきまでいたってことじゃない?
 そうと思ったらいてもたってもいられず、ヒノカゲは雨に濡れるのもお構いなしで走り出した。
 女を舐めんなよ! 復讐してやる!
 オラオラーっとゴリラみたいな歩幅で踏み出して三歩。
 つるんっ。
 踏んだはずの足がスライドして、勢いのまま彼女の顔は上を向く。
 あ、バルト9の字。
「いったああああ!!!」
 すごい音を立てて、ヒノカゲは転んだ。
 今日日、コンビニなどで大量に散布されるビニール袋。それを道端で捨ててしまうような人間にも、たくさん配給されているに違いない。
 つまりヒノカゲは、そんなヤカラのイタズラな袋に足をつけてしまった。
 水とビニール。当然その摩擦は限りなくゼロに近い。
 見事な大回転だった。ゴロゴロと道をその巨体で転がっていくヒノカゲは、さながらサーカスの見世物のごとくだ。
 綺麗に5回転して道の端で止まる。
 沈黙。
 容赦なく降る雨が、ヒノカゲの惨めさを演出していた。
 見ていた者たちは、一瞬、そのすごさに見とれてしまった。
 そのあと一人の女が我に帰って、彼女に近づく。
「大丈夫ですかぁ…?」
 返事はない。
「だ、大丈夫で…」
「大丈夫なわけあるかぁあああ!!」
 渾身の叫びは、雨音にも負けなかった。
 しん、とする。ヒノカゲはハッとして女を見ると、ひきつりまくったその若い顔に面食らった。
 潮が引くようにその場から人が消える。
 ヒノカゲは、痛みと恥ずかしさでその場からしばらく動けなかった。
 一分ほどして。
「もういい、こうなったら一人で映画見よ」
 ちくしょー! と心中では叫びたかった。
 だけど、そんなことをしても意味はないと、ヒノカゲは分かっていた。
 入って、チケットを買い、フード売り場に寄った。
 勢い余って二人分で食べるコンボセットを買ってしまった。
 店員が戸惑っていたので、一人で食べます、となんども言った。
 シアターに入り席につく。
 そんなに好きじゃないジャンルの映画だけど、自分みたいな人間でも楽しめるらしいと評判だ。
 もう、この映画に賭けるしかない。
 面白くなかったら、容赦しねえからな!
 すっと、映画館が暗くなり、長い長い予告が始まった。
 
            ***

ヤマモトの場合

 東中野の駅はなつかしい。
 トタンみたいな屋根に、ぷちぷちと途切れ途切れな金網。
 街自体の色味も風景も、どこか淡い。
 西口の階段を軽やかに上がると、ヤマモトはつい歌を口ずさんだ。時刻は17時30分。18時から新宿南口のガードレールあたりで路上ライブをする予定だった。
 ツイートで呼びかけると、何人かからリプライといいねが飛んでくる。
 雨上がりの街は、匂いも音も、新しい。
 それはまったく、不可思議なことではないのだ。
 ビルの窓に、空気の中に、自販機の上に、いたるところにつもってやまないチリたち。これを雨は洗い流してくれる。私たちの頭上に溜まった重たい湿気を、すべてしずくに変えて降ろしてしまう。そうすると、いつの間にかこの箱庭は、本来の反響を取り戻して、よりクリアに街の感情を伝えはじめる。
 ヤマモトはその時間が好きだった。
 改札を通り、ふんふんと階段を降りていく。ギターバッグの中でお気に入りのアコギが楽しそうに揺れるのを感じた。
 降り立つとちょうど、千葉方面の電車がきたので乗りこむ。この時間帯でもそれほど人は乗っておらず、総武線はのほほんとしている。
 顔が声が形が空洞が、乱反射してすべてヤマモトに刺さる。
 彼女はふとここは死の淵に似ているとおもった。
 なんのことはない。
 いつもどおり、冷静な魂が生と死を見つめているだけ。
 人は人生の中で、何度、死ぬのだろう。
 「死にたい」と思ったとき、実は一度、人は死んでいるのだと思う。
 それと同じく、真逆の場合もあるだろう。「生きたい」と願えば。
 肉体と心を合わせて私と呼ぶなら、言葉はその下にあり、エサとなってナニカを呼び寄せる。
 そんな感覚。
 今現在、その最中の人はいないかしら。
 ヤマモトの目が閉じられて、ほんの二、三分、二駅分の時間が過ぎる。
 大学生。親子。サラリーマン。女友達。
 人生がヤマモトの頭の周りに並び、さも自分にかしづく忠誠な炎のように回り出す。
「新宿です〜〜しんじゅくです。お出口は右側〜〜・・・」
 すっと目を開ける。
 するりと人が流れて、それに乗る。
 目指すは新宿南口。
 夏至も過ぎて七月ともなれば、冬へ向けて太陽がサボり始める。
 外の斜陽に反して、煌々と年中を照らす蛍光灯の白さ。
 コンビニとカフェ。並ぶお菓子。
 去る体。

            ******

カフェを出たのが17時50分ごろのことだ。
すっかり夜が下りてきて、空に黒が滲みはじめている。
街灯がいつの間にかついていて、地面に残った水たまりが遠く向こうまでの道の輪郭を反射で浮かび上がらせた。
スギモトは、すーっとそこへ吸い込まれる。
連れていかれる感覚がして、それからヒライたちを見た。
しばらく考えて、スギモトはその道を進むことにする。
「えっ、そっち南口の方じゃない?」
トキオカが言う。
次いで、他2人も視線で「なぜ?」を問いかけてくる。
スギモトは、ちょっとだけ言葉に困ってしまった。本当のことを言っても、また刺激するだけだろうし、そもそも彼女らとモードが合わない今をすり合わせる必要はないことに気づいた。
「ちょっと買い物だけして帰ろうかなって」
「なにー?ハンズでも?」
「うん」
「そかそかーじゃあうちらで帰ろ」
「また明日ね~」
三人と別れて、反対方向へ向き直る。
道が伸びていた。どこまでも。
目を開けたまま、眠ってみる。という想像をする。
そして深く入り込む。
彼女の体は広がり、手のひらで伸びる麺の生地のように、あるいはひこうき雲のように、細く細く伸びていった。
"楽しんでる"
ハッとする。目の前に歩きスマホの人が迫っていた。それを避ける。
避けられた男は、布にはためかれた気分になって立ち止まる。振り返り、スギモトを見ると、なんだ人か、と思って不可思議ながらまた歩きはじめた。
スギモトはただ、先を進むことだけ考えて足を止めない。
もう一度、想像してみる。
ひと三人分くらいの幅と、50メートルはあろうかという長い道の面積に、自分を落とし込む。そして伸びてみる。
"楽しんでる"
再度、スギモトはハッとした。今度は自転車が迫ってきていた。それも避ける。
スギモトはなおさら、歩くのをやめられなかった。

女の頬にひとすじ涙が流れる。しずくの玉にカメラがクローズし、そこに映った男のなんともいえない表情がアップになる。
暗転。
そこにギターがのり、シンプルなエンドロールが始まった。
隣のニット帽の男は立ち上がって早々にシアターを出ていった。
ヒノカゲもすこしして、食べ物の空き箱を抱えてそそくさと席を立つ。
出口のある階へ続くエスカレーターに乗りながらヒノカゲは内心恥ずかしくて仕方がなかった。
面白くなかった……。
前評判の通り、ストーリーはこっていた。だけど、演出とセリフがあまりにクサくて、途中からお尻のあたりがムズムズし、ついには席にふれてる部分すべてがザワザワしはじめた。その勢いを抑えることができなかった。
靖国通りに出る。あんなに降られた雨は、嘘みたいに上がっていた。時刻は15時半。
帰るにはまだ早い。
というか、帰りたくない。
「……」
開けた途端、うるさい音楽と下品な笑い声が広がる。
ラッシャッセーッ。店員もうるさい。
ヒノカゲもそれに負けない声で叫ぶ。
「生ひとつ!!!!」

 スニーカーの裏とアスファルトが擦れて、ときおりキュッキュと音が鳴り、スギモトはいつの間にかそのリズムで遊んでいた。
 すべてがダンスになる。
 スギモトの肌から、耳から、目から、入ってくるリズムが乱反射してバウンドする。ブロック崩しの弾がいくつも飛び回って、複雑な面をあちこち埋め尽くす。
 彼女はいま、それを苦しいと思った。
 "楽しんでる"
 手も足も傷だらけで、しかし踊ることをやめられない。それを誰かが人生と言った。人間だとも。
スギモトには、それがわかったし、わからなかった。
それは、体でわかったのだし、心でわからなかったのだ。
黒ずんだ空が落ちてくる。
街の膜がうねって空気の形を変えている。
と、体が言っている。
やめてしまいたい。
と、心が言っている。
自然と足の動きが止まり、切っていた風の感触がなくなる。
ちょうど、街灯に入る形になり、ぼんやりと彼女は照明のようだなと思った。
(いまのは、どっちで?)
 スギモトは、この瞬間わかってしまった。
 これら二つの声を聞き分けずに今日まで歩いてきてしまったことを。

 ターンッと飲み干したお酒をテーブルに置く。
 もう五杯目のハイボールは、胃にパイプが開通したのかすぐ体に回り始める。
 ヒノカゲの顔は、ファンデーションがチークにすり替わったかのように真っ赤だった。
「ばかやろーっ、バカヤローッ」
 焼き鳥の串を口の奥まで押し込み、一気に食べる。
もうヤケであった。
はぁっと息をして涙を止め、上を向いたかと思うと、
「なんなのよぉッ」
 また突っ伏して泣くのだった。
 全部私が悪いんだろう。
 アルコールで溶けた頭は、余分なことを忘れてまっさきに固執していることをあぶりだす。
 ヒノカゲは、自分の全てを呪った。
 自分にかかった魔法はつまるところ、呪いだったのだと思う。
 カギをどこかへ運び、男に捨てられ、転び、こんなつまらない思いをするのはすべて、自分がかけていた呪いだった。自分が撒いたタネと言ってもいい。
 そんな、当たり前すぎることをヒノカゲは、当たり前すぎるので忘れていた。
 いや、それも詭弁か。
「だる〜……」
 ヒノカゲは頭を押さえながらポケットに手を突っ込んだ。
 スマートフォンを見るともうすぐ18時になる頃合いだった。
 そろそろいくか。
 つっぷしていたところから、ピンと起き上がって手を伸ばし、叫ぶ。
「お会計っ!」
 カシコマリマシターッ。

 道が終わった。
 人通りが増えて、一気に肌がざわめく。
 耳がツンと張る。
 ヒライたちの顔が思い出された。
 横断歩道につく。帰りたい、と車が鳴く。
 彼女たちはきっと、私を自由だというだろう。
 まっすぐ行けば南口に着く。
 でもそれはちがうのだ。
 すべてがダンスになるということは、すべてが現実にならない、ということと同じなんだ。
 
バルト9の横を通り、南口の方面へと歩き出す。
賑やかな通りよりも若干人が少なくなり、歩きやすいのでヒノカゲにはちょうどよかった。山手線の乗り場も近い。
ヨタヨタと歩きながら、彼女は考える。
今日を取り巻くこのモヤモヤはなんだ。
考えてもわからないけれど。
このまま、今日という日を終わらせたくない、ということだけがわかる。
「散々だったなぁ」
FOREVER21の横に着いて、横断歩道が変わるのを待つ。

青になった。歩き出す。

ぐらっと周りが動いて、前を向くと青信号。遅れてヒノカゲも歩き出す。

スギモトは、体に素直になろうと思った。
だれでもない、自分自身のカラダの声を、ちゃんと聞きたかった。
胸を澄ます。
……。
体が動き出しそう。
ぶつかってくるような歩き方をする人がいて、それを交わす。
そうすると次は自分が誰かにぶつかりそうになる。だから今度はこちらも避ける。
相手が避けてくれることもある。stay。

もう17時58分。4分後の電車に乗りたい。
ヒノカゲは走りはじめた。

もうすぐ南口だ。

坂にさしかかる。南口まですぐだ。

スギモトは、体に問う。
ダンスが好きか?
はい。
物作りは好きか?
はい。
さっき、みんなと別れたのは、なぜ?

ヒノカゲは分かっていた。

なぜ?
……。
スギモトは、封印を解いた。
いっしょに帰りたくなかったからです。

帰りたくない自分は、その実、帰る場所が欲しかった。

なぜ、いっしょに帰りたくなかったの?
苦手だからです。
なにが?
ああいう場が。
どうして?

電光掲示板がうるさい。
オトコにすがるのも、単にそれだけ。
ヒノカゲは分かっていた。

彼女たちといると息苦しいんです。

私って、本当に、男が好きなのかなぁ。

よくできました。

歩く。

歩く。

"楽しんでる"
楽しんでなんかいません。

ヒノカゲは分かっていた。
…って言うけどさぁ、本当に分かってんの?

交わった。
交わった。

       *********

18時。
ヤマモトは、目の前の喧騒を眺めつつ、最初のコードに手をやった。
振り下ろし、ピックが6弦に触れる瞬間から、声を出す。
もう少しだけもう少しだけ。
なんでもない夜に、ほんの少し絵の具を混ぜるように。
カホンがどこかで鳴っている。ギターも、キーボードも。鳴っている。
爽快な彼女の顔に浮かんだ汗は、街灯にきらめいて星になった。

1人のダンサーと太った女が南口に吸い込まれた18時。
押しつぶされそうな空と、絶え間ない人の流れ。
それぞれに広がった出来事・気持ちは、血管のようにいくつも空中へ走り、時に重なり、時に邪魔をして、それで共存を始める。
ガードレール脇に並んだ、なんでもないような顔をして歌うミュージシャンたちの顔。
あぶれてしまった女の顔。
いろんな顔。
上から眺める。
すると星々の、もしくは微生物たちの、その震えながらひしめきあう砂絵のように。
今日も新宿が過ぎていく。

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