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最終章(下)幻のリニア沿線五輪♪「信濃の国」の文化と経済(note10-2)(おわり)

 最終章の(下)では、2027年開業が遅延しそうなリニア中央新幹線について書きます。「幻」に終わったリニア沿線オリンピック・パラリンピックの話も紹介しながら、開業遅延の場合の、「次の一手」を考えておきたいと思います。
~目次~
第1章 県歌「信濃の国」秘話
第2章 文化圏と美術館
第3章 2022年の大遭遇~伝統の祭り
第4章 個性的な企業群
第5章 地場産業
第6章 食と農
第7章 人国記~「信濃の国」では
第8章 教育県とは
第9章 長野県人会の活動
最終章 名古屋との一体感(下)リニアは飯田へ★

■リニア沿線五輪
 愛知県知事の単独インタビューをしたのは、まだ2回目の東京オリンピック・パラリンピックの招致が決まっていないときでした。リニア中央新幹線が開業する2027年を見据えて、2032年にリニア沿線で五輪を開催する考えはないか、考えを聞いたことがありました。
 知事は瞬時に「そのときは(知事のいすに)いないよ」と語り、関心はないようでした。もっとも、オリンピック誘致は都市が立候補する建前なので、知事に聞くのも筋違いでしたが。そんなわけで、あえて「幻」としています。
 五輪といえば、1964年の東京オリンピックの競技の名場面はもとより、直前に営業運転した東海道新幹線の技術力が印象に残っています。リニア中央新幹線は超電導技術で浮き上がり、時速500㎞超で走行する日本の技術です。2度目の五輪開催なら鉄道技術の進歩を世界に印象付けることができると考えて、リニア沿線都市(東京、相模原、甲府、飯田、中津川、名古屋)が連携して開催する私案を温めていたのでした。
■中央道の南アルプスルート変更
 リニア中央新幹線のルート問題を考えるうえで、中央自動車道が現在のルートになった歴史を振り返ってみます。
 中央自動車道は本来、国会議員提案で南アルプスを通る直線ルートで計画され、「国土開発縦貫自動車道建設法」に位置づけられていました。経由地は山梨県身延町―静岡県井川村(現静岡市)―長野県飯田市―岐阜県中津川市―愛知県小牧市です。これが、1963年5月の中央自動車道建設推進委員会総会で、北回りのルートに変更されます。
 北回りの理由は、南アルプスルートでは建設費が1000億円高くなるというコスト面と、東名・名神高速道路工事の進捗で、計画当初の東京―神戸間を結ぶ唯一の自動車道という意味が薄れてしまったことが挙げられていました。さらに、長野県の松本・諏訪の新産業都市が内陸部で唯一、指定されることも背景にあったようです。
 この結果、甲府~諏訪~伊那谷を経由する現在のルートに変更されたのでした。山梨県身延町の町誌第5編第2章第6節に「中央道北回り問題について」として、いきさつが記録されています。
 「ふりかえってこの路線変更問題は、一応困難な山岳開設道路よりも容易でしかも経済効率の良い道路をという大義名分が勝ちをおさめたものといえようが、それならば何故わずか4年で180度の転換をしたかという反論が当然生まれるわけで、(中略)政治的判断に左右されたものということが真相であろう」と恨み節にも似た思いが読み取れます。
 国会会議録検索システムには、当時の委員会総会のやりとりも残っています。
(余談ですが、こうした政策の変更に伴う事実関係は、公文書でしっかり残しておく必要があると痛感します。果たして、最近の行政はいかがでしょうか)
■リニアのルート変更なし
 リニア中央新幹線のルートはどうでしょうか。2021年6月に4選された静岡県知事はルート変更も求めてきました。JR東海としては毎月の社長記者会見で繰り返していますが、ルート変更はしない方針です。あくまで、南アルプスの真下をトンネルで結ぶ計画です。リニア中央新幹線は災害面などで東海道新幹線のバイパスの役目も果たすことから、国の資金も投入されています。ルートの変更は難しい条件が多いです。
 いずれにしても南アルプストンネル工事は大幅に遅れそうです。なにしろ3000メートル級の山が連なる南アルプスです。そこに静岡県の反対も加わり、問題を複雑にしています。
 さらにここにきて、工事の残土問題も浮上してきました。2021年7月に発生した静岡県熱海市の土石流災害では、盛り土が原因と指摘されているからです。
 熱海土石流災害の直後にオンラインで開催された第167回防災アカデミーに参加しました。講演した釜井俊孝・京都大学防災研究所教授は、質問に対してリニア工事の残土処理についても安全確保の必要性を指摘していました。釜井教授の著書「宅地の防災学」(京都大学学術出版会)も読みたくなりました。
■名古屋―飯田の先行開業は?
 山梨県都留市の山梨リニア実験線は、2度試乗しました。席に座り、シートベルトは要らないんだと感心していると、「スー」と浮き上がり、ほぼ振動もなく時速500㎞を超えた表示が見えました。と間もなく駅に到着です。技術の高さには驚きました。実験線は、ほぼトンネル区間ですが、「明かり区間」(トンネル以外)になると、車窓からの風景は流れてしまうほどのスピードでした。
 この山梨リニア実験線は、そのまま営業運転をするリニア中央新幹線のルート上にありました。静岡県の反対などで南アルプストンネル工事が大幅に遅れた場合、名古屋―中津川―飯田の先行開業も想定しておかなければいけないかもしれません。
 営業運転が難しくても、山梨リニア実験線と同じく、リニア車両を何度も往復させる「実験」は不可欠です。幸い、リニア車両基地は、中津川の岐阜県駅に隣接して置かれる計画です。わずかな明かり区間から、リニアの姿を見ることができそうです。
 「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」は、戦国武将の織田信長の性格をあらわしています。徳川家康なら「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」となります。
 南アルプスの静岡工区に当てはめるなら、トンネルが「開かずなら開くまで待とう」では沿線自治体や住民、そしてJR東海が困ります。「鳴かぬなら鳴かせて見せようホトトギス」(豊臣秀吉)のように強引でもいけません。

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(写真は、長野県飯田市の「飯田・リニア駅前空間デザインノート」より)
 長野県工区以西の工事が進んで、名古屋―飯田間がつながったとき、車両点検や習熟運転もかねて、伊那谷と濃尾平野を往復させてほしいものです。
 県歌「信濃の国」の6番の歌詞に、難工事だった碓氷山(うすいやま)のトンネルがあります。
 ♪「穿(うが)つ隧道(とんねる)二十六 夢にもこゆる汽車の道」
 リニアも大半がトンネルですが、トンネルの先に明かりが見えてくることを信じています。(おわり)
(2021年7月26日)
 このリポートは、長野県の文化や経済について人からたずねられたときに、関心を持ってもらえるようにと、個人的にまとめたものです。タイトルにある「信濃の国」は、1900年に発表された県民の唱歌で、のちに県歌に制定されました。多くの長野県民によって今も歌い継がれています。この歌詞を話の軸にして、信州の文化と経済を考えてみようと思います。少しでもご参考になれば幸いです。

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