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ラピュタへの道19 宝永山登山完結編

下山は楽だった。
重力に身を任せ結構なスピードで進める。
ワイもロードバイクにてそこそこ足腰が鍛えられているようで、特に苦も無く何人もの登山家を追い抜いてゆく。
【砂走り】というらしい。
上りのときは、ザクズズ…ザクズズ…という感じで一歩一歩踏み込み沈み込みながらだったけど、下山は、ザザーン!ザザーン!という感じで軽石を撒き散らすみたいに軽快に降りれる。
まるで斜面に着地するザクのように。
こんなにみんなが軽石などを撒き散らしたら宝永山が痩せてしまうのではないだろうか?と心配になるくらいだ。
【ウェールズの山】という映画は、俺たちの山が新しい地図の規定で丘になってしまう!ということでみんなで山頂に石を盛って山を維持するというほっこりする映画だった。
その逆をしてしまっている気分にもなった。

やがてベンチのある火口に辿り着く辺りで、ワイの靴底(この日はビンディングシューズではなく、ランニングシューズで来た)がプランプランになっていることに気づいた。
右足のつま先部分が剥がれて一歩進むごとにパカパカとアゴが外れたワニみたいに。
これは困った。
生命の危機のような深刻な事態ではない(と思った)けど、正直カッコワリィのでとりあえず座った。
思い切って靴底を剥がしてしまおうかとも思ったけど、まだまだこの瓦礫ロードは続く。剥がすのは危険過ぎる、無茶過ぎるだろう。
どうにかならないかと右足を左膝に乗せて靴底を観察しようとしたときに右足が激痛と共に攣った。
ロードバイクに長時間乗っているときに攣ることはたまにある。
疲労や水分補給不足が原因で、サイクリストあるあると言ってもいいくらいだ。
ワイも足の攣りくらいでパニックになることはない。
しかしこの攣りは尋常じゃない激痛で、しかも攣っている筋肉がいつもとは違う感じがした。
外側全体が攣った感じだ。
結構な緊急事態だぞと感じたけど、見栄っ張りぼっちライダーなワイは平静を装い、あー疲れた的に軽く太ももをマッサージする。
嫌な汗が出てきたけど、ふぅ、ちょっと疲れたな的にタオルで額から顎を拭う。
もちろんそんなことで激痛が治まることはない。
我慢して歩くなんて絶対無理。鳩のポーズより無理だ。
こ、これが5時間くらい続いたらもう周りに人々もいなくなって、ワイはここに一人取り残されて、嵐でも来たらどうすれば良いのだろうか…と絶望感が漂い始める。
人がいるうちに助けを求めるべきか…?
しかし助けを求められた人だってどうにも出来ないだろうな…あーあ山を舐めた迷惑な素人が!と思われるのだろうなぁ…。
と自分の無知と無力と自覚の無さ、自己嫌悪に浸りながらこれまでの人生を猛省していると、少々痛みが和らいできた。
微かな希望の光はワイに生きる希望を与えてくれた。大げさではなく本当に。
山を舐めて本当にすいませんでしたぁ‼‼と額で瓦割30枚をやるときバリの勢いで懺悔をしたさ。ココロの中で。

少し余裕が出てきたら、左足の踵もプランプランになっていることに気づく。
他にすることもないので左足を右膝に乗せて観察しようとしたら、ご多分に漏れず激痛と共に左足も攣った。
絶望と自分の迂闊さを呪いながらココロの中で氷柱3枚重ねを3セットかち割った。
けど現実で出来ることはさっきと同じで、汗を拭い、精一杯何でもない風を装った。

しかし先程の経験で5時間も攣りが続くことはなさそうだ。先程の希望の光はまだワイの心に灯っていた。
サイクリング中は攣る前に水分補給と塩飴を舐めているのだが、攣ってからではあまり効果がない。それでも藁にすがるように飲み尽くし舐め尽くしてしまう。
もう食料も飲料も尽きた。

20分程経過し、大分痛みは和らぎ、立ち上がってみる。痛い。まだ歩けない。
もう10分。少し歩ける。痛いけど。
汗が冷えてくる。
てな感じで時は流れ、ようやっと火口を離れたのは最初に座ってから1時間近く過ぎてからだろう。
本気でやばいと思っていたからこのへんからは1枚も写真を撮っていない。

これがこの日最後の一枚だ。攣る直前に撮った。

攣らないように攣らないようにと恐る恐る下山を始める。
靴はプランプランの靴底だけど少しでも脚への負担を軽減してもらえるだけありがたいので、靴底パカパカのタイミングに合わせての歩みとなる。
砂走りとか調子に乗っていたワイは過去の人だ。あのころは若かった…これも成長?
アジア人の団体が一休みしている横を通り過ぎたりするときも全員がワイの靴を見ているような気がする。
ワイの靴はこんなんですけど何か?風に歩くワイだけど、何とか歩けていることへの感謝のほうが遥かに大きかった。
それくらいさっきは絶望しましたよ、はい。本当に弾丸登山はやめましょう!
今なら啓蒙運動に積極的に参加できるよ!

どうにか5合目に帰還。舗装路に辿り着いた時の安堵感。
それは長く苦しいヒルクライムを終えた時の開放感の比ではなかった。
生還。
それを生まれて初めて本気で味わった。

道端にたくさんたむろしている(何をしているのだろう?)登山家の会話が耳に入る。「うーむ…アロンアルファを差し上げたい」そんな言葉が心に刺さる。ワイの靴底のことでしょうな。
やっぱり目立つんだなぁ…。
ロードバイクに干していたサイクルジャージは、余計濡れていた。雨が降ったようだ。
そんなことも気にならないくらい再びロードバイクに乗れることが嬉しかった。
下山の前に自販機でポカリを買う。
400円也。
生き返った。
400円で生き返れるなら安いものですよ。
ダウンヒルは長かった。
一部だけ登り返しはあるものの、基本下り。その登りでも脚を攣らせないようにそろそろとペダリングをする。そして長い長いダウンヒル。
今までで一番長かった。
市街地に戻ったら、まず靴を買おう、と思っていたが、最初のセブンイレブンに1回使い切りアロンアルファ4本セットがあるのを発見し、あの時の登山家の言葉がよみがえってきて、そうかこれでいいのだ、と購入しセブンの駐車場で靴底をくっつけた。
見ず知らずの土地のセブンの駐車場で地べたに座り靴底にアロンアルファを塗りたくることにこれほどまでの平和と大団円を感じるとは。
近くで明らかに未成年がタバコを吸っていることですら平和の象徴みたいに感じた。

多分何キロか痩せたけど、何事もなかったかの如く御殿場駅に戻ってきた。
15時過ぎくらい。冷やしトマト麺を食べ、輪行で帰宅しワイの大冒険は終わった。

繰り返しますが山を舐めてはあきまへん!
登山には登山靴でね!

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