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【フランス】ポワティエの戦い

場所:フランス西部ポワティエ近郊
時代:732年

しばらくぶりの投稿ですが、昨年12月21日から1月9日まで、フランス、ルクセンブルグ、ドイツへ旅行してきました。フランスとドイツにはこれまで何度か訪れていますが、以前行けなかった場所や新たに行きたいと思った場所があったので、再訪した町が多かったです。そんな中でフランスのポワティエ訪問は2003年9月以来、実に20年ぶりでした。ポワティエ周辺には行きたかった場所、つまり歴史的遺産のある場所が多いのですが、やはり冬季は旅行シーズンではないため、閉鎖しているところも多かったので結局半分も行けずじまい。またいつか夏に訪れたいと思っています。

La Bataille de Poitiers 野外博物館の案内板

学生時代、世界史の教科書に「トゥール・ポワティエ間の戦い」という言葉があったのを覚えているでしょうか。現在フランスでは「ポワティエの戦い」と呼ぶそうですが、英語では「トゥールの戦い (Battle of Tours)」と呼ぶそうです。簡単に言うと、アフリカからジブラルタルを渡って西ゴート王国を滅ぼしイベリア半島を征服したイスラム教勢力(ウマイヤ朝)が、さらにピレネーを越えてガリアへ侵入し、それを食い止めるためにフランク王国宮宰シャルル・マルテル率いるキリスト教勢力と西暦732年にトゥール・ポワティエ間で激突した、というものです。結果はイスラム軍総督アブド・アル・ラフマンは戦死し、シャルル・マルテルが勝利し、それ以降はイスラム勢力はイベリア半島にとどまり、ヨーロッパのキリスト教文化が守られました。またこの勝利によってフランク王国内でのシャルル・マルテルのカロリング家の勢力が拡大し、その子であるピピン3世がメロヴィング王家を簒奪することになります。

この平原が戦いの場所だっだのか?

しかしこの出来事ですが、実は戦いのあった場所はまだはっきりとは特定されていないそうです。歴史家の間では、ポワティエとトゥールの間にあるVouneuil-sur-Vienneの村近郊、またはトゥール近郊で意見が分かれているようです。今回訪れたのは、Vouneuil-sur-Vienneのほうで、ここには「Moussais la Bataille-732 (Bataille de Poitiers)」として野外博物館になっています。

左:学習パネルの広場から平原を望む、右:野外博物館解説
学習パネル

ポワティエの町からレンタカーで、この野外博物館までは約25km。町から少し離れるともう田舎の雰囲気なので、運転は楽でした。Googleマップの案内に従って簡単に到着することができました。建物もなく常駐管理人がいない野外博物館なので、年中無休。着いたときはまだ朝9時過ぎで、やっと明るくなったところです。寒い中、こんな他に何もなく人家もないところには誰もいませんでした。農地の一角が博物館の敷地として囲われていて、そこには戦いの登場人物、経緯、戦闘の様子などを描いたパネルがたくさん置かれていて、一通り学習することができるようになっています。実際ここで戦闘があったかどうかはともかく、古戦場跡というのは現在の雰囲気からはなかなか想像が難しいですね。

戦闘の場面や人物の解説
Moussais le Bataille-732の位置


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