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本当は変化したいのに、なぜか心が拒否反応がでているあなたへ。

こんにちは。
今日も張りきっていきましょう。

最近、仕事仲間と話していた時に、
ふと思い出したことがありますので、綴ってみたいと思います。

 
A「ざきさん、筋トレ行くって言ってたけど、行ってます?」
ざ「いや、、行ってない。、、そろそろ、行こうと思ってる。」
A「それ、半年前も同じこと言ってましたね(笑)」
ざ「けど、行きたいって思ってはいるんだけどね。」
A「なんでなんですかね?(笑)」
ざ「わからん(笑)w。」

 
行きたい思いはあるけど、行かないで時間が過ぎてしまっている。
という何食わぬ会話なのですが、結構この現象って奥が深いんですよね。
 
筋トレに限らず、いままで仕事や、自分の人生にとっても、
同じことが起きているのはないかと思いました。

本当は変化したいのに、なぜか心が拒否反応がでている。

いま、自分が本当はしないといけないこと、
それは自分が一番わかっているはずです。
必要のない突然の電話対応や来訪など、緊急的に反応し対応するものではなくです。

「自分のこれからにとって、重要かつ必要なこと」
つまり、これが、自分が本当にしないといけないことです。

聞けば当たり前なのですが、いざ自分ごとになると、
そこに対して、何度も聞いてわかっているけど、動いていない部分
つまり、やらない、行動しないという反応が自分の中を支配していたりします。
 
そうなっている人は多くいるように思える。
私もそんな一人でした。
 
Aを選ばないといけないと思っているのに、Bの選択をとる。
けど、Aの選択のほうが、自分にとって必要な選択であるにも関わらずです!これが、摩訶不思議です。

そんなことに対して、もがき苦しんでいる。
そんな人は私だけではなく、多くの人が思っていることだったりします。

 実は、わかっていること。

見ないといけない部分に向き合うのは、
怖いし、面倒、大変といった、言い訳が何個もでてくる。
そして、「いまじゃなくて後にしよう」という言葉で解決しようとしたりします。

これは、いまの場所を離れたくないという深層心理が働いてしまっているのです。思っていないと言いながら、変化がなく居心地の良い場所をキープしたい、居続けたいと自分で願ってしまっているのだ。

つまり、今の居心地のよい場所から離れてしまうのが、怖いのだ。 

これは「逃避の反応」です。

 本当に、向き合わなければならないのは、その先なんです。
 

さて、不思議に思うのが、
なぜ、それでも向き合いたくないと思ってしまうのか。
心ではわかっているのだ、、、

動けていないのには理由があります。

①変化したい

②(無意識に、変化したくない、いまの場所を望んでいる )

③行動しない

④自己嫌悪 

変化したいのに、行動できず、自己嫌悪に陥ってしまう。
このループにハマってしまって、抜け出すのが容易ではなくなる。

いわば、「変化したい自分」と「変化したくない自分」が心の中に混在する。

「意識下」と「無意識下」に存在するもの。


これがあるということを本質的に理解する必要があります。
そう思ってしまうのは、当たり前のことで、変化したくない自分がいること自体悪いことではない。

大事なのは、
「変化したくない自分」=「いまの場所に居続けたい」という思いは、この無意識下のもとに強力に作用するところにあります。

厄介であり恐ろしいのが、無意識下で展開されている思考があります。それは本人の意思とは関係ないからです。
本当は、変化したいと心から願っているのにも関わらず、
無意識下で思ってしまっているところがミソである。
 
繰り返しますが、
「意識下」と「無意識」下に存在するということです。

ホモサピエンスが備わえてきた画期的な画期的な行動原理

変化を拒絶するという無意識下に思うことは、
われわら人類が何千年も昔からは生命の存続のため、人間としての生物の種の維持のために、
備わってきたもの、かつ、遺伝子に組み込まれた行動原理があるのです。

私たちの遺伝子の中には、
そんなネガティブなものが「無意識下」に組み込まれているのだ。


これは、わたしたちホモサピエンスが備わえてきた画期的なネガティブな行動原理でもあります。
むしろ、この行動原理がなければ、地球という規模で人類はここまで成長と遂げていないともいえます。

例えば、
マンモスに武器も持たず裸で挑むとか、
隣に、捕食される恐竜がいても余裕ぶっこいているとか。
(そんなでは人類は、生き残ってはいないはずです笑)

ネガティブとは、種を存続させるために、最悪のケースを考えるように組み込まれたもので、
人間の遺伝子にインプットされているのです。
 
生死がかかった生きるか死ぬかの世界で、
食物連鎖のピラミッドの圧倒的に下位のはずの人間が、いままで生き残れてきた経緯がある。
無意識下でも危険回避をいち早く察知し、いかに、自分たちの安全を確保できるかにとびぬけてきからに他ならない。
 
そんななかで、変化したいのに、行動できないという一連の行動心理には、納得のいくものである。
そう考えると、色んな部分がその考えに行きつき気もする。

 「自分の中で客観視すること。」


さて、
人間の深層しんりにネガティブな要素があることを理解したうえで、
ここで大事になってくるのは、

変化したい自分・変化したくない自分を、
頭の中で客観的にみて、分離させることです。

 
いままで、自分のいままで違う場所にいることを放棄し、違う場所に向かうことを、遥か昔からある意思をもとに、体は拒絶しようとしているだけです。

だからこそ、
変化したくない自分が正ではなく、
変化したい自分が本当の自分なのだと、分離させることが必要になります。

両方の感情があってよいし、
そして、もし、変化したくない自分がでてきても、
自己嫌悪に陥らないこと、自分を責めないこと。
 

そして、同時に、人は変化したい生き物であるのです。
このブログの冒頭にある悩みを抱いている時点で、本当は変化したいのだ。
変化できない自分が嫌なのだ。セルフイメージに合わないと言い換えてもよいかもしれない。


 
だからこそ、
変化したいと願う自分が、本当の自分なのである。


 
そう願う思いを選択し続けていく必要がある、
厳しいいいかたをすると、
ただ、反応だけで生きているのであれば、
それは動物と一緒にであると言われても仕方がない。
 
その反応との間に、選択の自由があるのが人間であり、わたしたちである。
 
「変化したい自分」と「変化したくない自分」があるのであれば、
本当に取りたい選択をしていく必要があるのです。
 
さて、
あなたは、どちらを選択しますか。

いつでも選択の自由はあなたにあります。
その選択の繰り返しの先に、素敵な自分らしさが待っていると思います。

以上

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