カンタベリー・ロックシーンを整理する

Tadpoles keep screaming in my ear
"Hey there! Rotter's Club!
Explain the meaning of this song and share it"

- Hatfield And The North「Share It」より

 カンタベリー・ロック(カンタベリー系)を簡潔に説明すると、イギリスのカンタベリー出身者が中心となり、60年代中盤から70年代後半にかけて生み出した音楽を指すジャンルである。音楽性の共通点よりも人脈の繋がりが重視されるのが他の一般的なジャンルとは一線を画する所であり、自分は門外漢だが、日本で言えばめんたいロック辺りが似たような概念だろうか。とはいえ個々のバンドの音楽性に全く接点がないわけではなく、いくつか例を挙げるとすれば、ロックとジャズの融合シニカルな歌詞即興よりもアンサンブルを重視した曲構成等は少なくない数のバンドに共通している点である。総じて知的かつユーモラスな作風が魅力であり、人脈を追っていく楽しさも相まって奥が深いジャンルといえる。

 この特異なシーンを形成していたのは、大きく分けて二つの派閥である。一つはワイルド・フラワーズ / The Wilde Flowers一派、もう一つはエッグ / Egg組だ。

 ワイルド・フラワーズはメンバーが流動的かつリアルタイムでは音源を発表していないが、ソフト・マシーン / Soft Machineキャラヴァン / Caravanといった所謂「第一世代」のバンドを輩出したという点において極めて重要な存在といえる。個々のメンバーではロバート・ワイアット(ソフト・マシーン)、リチャード・シンクレア(キャラヴァン)等がここの出身である。この一派はボヘミアン的な気質を持つ者が少なくなく、それを反映してかソフト・マシーンもキャラヴァンも初期はサイケポップを志向していたが、前者は後にジャズロック→フュージョンへとその音楽性を転じさせ、後者は対照的にポップな路線へと舵を切っていった。
 初期のソフト・マシーンはトリオ編成だが、これはデビュー前にギタリストのデヴィッド・アレンが脱退したからであり、彼は後にフランスでゴング / Gongというバンドを結成する。また、ロバート・ワイアットも4thアルバム「Fourth」を最後にソフト・マシーンを脱退し、マッチング・モール / Matching Moleというバンドを結成しているが、この二つのバンドも元を辿ればワイルド・フラワーズ一派といえるだろう。

 エッグ(元々はユリエル / Urielというバンドが母体となっているが、ここでは割愛する)はロンドンのバンドであり、出身こそカンタベリーとは関係ないが、メンバーのデイヴ・スチュワートモント・キャンベルが後にカンタベリー系と深い関係を持つことになるため、現在ではこのバンドもカンタベリー系の一派とされる。音楽性はかなり実験的であり、クラシックの引用などアートロック的な展開も見られる。

 この二つの派閥が融合して生まれたバンドが、リチャード・シンクレア(キャラヴァン)、ピップ・パイル(ゴング)、フィル・ミラー(マッチング・モール)、デイヴ・スチュワート(エッグ)によって結成されたハットフィールド・アンド・ザ・ノース / Hatfield And The Northである。所謂「第二世代」のスーパーグループであり、ワイルド・フラワーズ一派のユーモア感覚とエッグ組の実験精神が最良の形で結びついた極めてハイレベルな音楽性から、このバンドをカンタベリー・ロックの到達点として挙げる者も少なくない。

「第二世代」以降、カンタベリー・ロックシーンは二つの派閥の集合体であるハットフィールド・アンド・ザ・ノースを中心に動いていくこととなる。1975年、ハットフィールド・アンド・ザ・ノースはアラン・ゴーウェンがリーダーを務めるバンドのギルガメッシュ / Gilgameshと合体する形でナショナル・ヘルス / National Healthを結成する。ナショナル・ヘルスは当初はバンドというよりもプロジェクトとしての色が強く、モント・キャンベルが音楽監督的な立ち位置に就くなど新たな展開を模索していたが、定着しない編成や音楽シーンの変化に伴うレコード会社の無理解もあり不本意な形での活動を強いられ、最終的に白血病を患っていたアラン・ゴーウェンの死によって主流派は離散することとなる。

 さて、カンタベリー・ロックを語る上でもう一つ外せない存在がヘンリー・カウ / Henry Cowである。彼等は人脈的にはハットフィールド・アンド・ザ・ノースやナショナル・ヘルスの諸作に参加するなどカンタベリー系と深い関わりにあったが、その実極左的な思想を掲げるラディカルなバンドでもあり、ボヘミアンも混ざっていたカンタベリーロック・シーンとはやや毛色が異なるグループといえる。ヘンリー・カウはヴァージン・レコードに契約を切られたのを期にレコメンディッド・レコーズ / Recommended Recordsという名の自主レーベルを立ち上げ、後にこのレーベルに集ったバンドは「レコメン系」というジャンルで括られるようになる。レコメン系はその規模の大きさ故にもはや音楽的な繋がりを見出すのは難しいのだが、その中にはカンタベリー・ロックをルーツとしているバンドも見られ、代表的な例が北米レコメン系のザ・マフィンズ / The Muffinsである。80年代以降、カンタベリー系の人脈は一部を除いて散らばっていくが、その音楽性はある程度レコメン系に受け継がれていったといえよう。

 大まかな流れは以上の通りである。この他にもシーンの周縁の立ち位置にあるバンドがいくつか存在しており、中でもメンバーや音楽性が実質的にナショナル・ヘルスの延長線上にあるブルーフォード / Brufordは重要な存在といえる。また、人脈的には関わりがあるが主流派に位置付けるのは憚られるキャメル / Camelマイク・オールドフィールド、カンタベリーという地に縁こそないが同時期に近い音楽性を志したオランダのスーパーシスター / Supersisterやフィンランドのウィグワム / Wigwam、先に挙げたザ・マフィンズのような北米レコメン系のバンド等はしばしばカンタベリー・ロックと関連して語られることがある。

 短くまとめるつもりが大分長い文章になってしまいましたが、この記事が豊潤なるカンタベリー・ロックシーンを把握するための一助になれば幸いです。個々のバンドの作品のレビュー等については、また別の機会に行っていく予定です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?