1970年代のフランク・ザッパはライブ盤でもオーバーダブしまくりだった
今回の記事はフランク・ザッパのある種の「神話」に踏み込むかもしれない内容だが、逆にザッパのファンからすれば「何を今更」というレベルの話ではあるし、この辺の事情について日本語で詳しく述べている文章もあまり見かけないので自分が書いてしまう。
昔のライブ盤では、ライブで演奏をミスったり上手く録音出来なかった箇所に、後からスタジオで演奏を被せる(オーバーダブ)という手法が結構カジュアルに行われており、しかもそれがちょっと注意深く聴けば分かるレベルの編集だったりするのだから実に大らかな時代だったと思う。それでもベーシックトラックがライブ演奏ならまだマシな方で、中には演奏自体がそもそも純然たるスタジオ録音で、それにMCや歓声などを追加してさもライブで演奏しているかのように仕立て上げた、所謂「疑似ライブ盤」なんて代物も出回っていたのだから凄い。代表例としてはジェームス・ブラウンのアルバム「Sex Machine」の一枚目辺りだろうか。
ライブ盤にオーバーダブを行うことの是非については様々な意見があるが、どちらかと言えば否定的な見方の方が多いだろう。確かにリスナーの側からすれば、ライブと銘打ったからには極力「生」の演奏を聴かせて欲しいという思いは当然の感情だ。だが一方で、ライブ盤をスタジオ盤と同列の一個の「作品」として捉え、そのクオリティの向上のためには後から手を加えることも許容されるという考え方も、自分はあり得ると思う。もちろん下手にやり過ぎるとライブ盤の魅力の一つである臨場感が失われ、作品全体の評価を落とすことにも繋がりかねないので諸刃の剣ではあるが。
翻ってザッパはどうだったかというと、これはもう滅茶苦茶手を加えまくっていたと評する他ない。特に1970年代に発表されたライブ盤は編集、オーバーダブ、セットリストの入れ替え(これはレコードという音楽メディアについて回る時間的制約を考えれば仕方ないが)、何でもありだ。80年代に入ると「オーバーダブなし・編集あり」を方針として掲げるようになり、実際80年代後半から90年代前半にかけて発表された「You Can't Do That On Stage Anymore」というライブ・アーカイブ集では基本的にオーバーダブは行われていないが、これだって曲によっては複数のライブ演奏から良い部分だけを抽出して繋ぎ合わせている(これがザッパの言う「編集」である)のだから全然「生」ではない。唯一「On Stage Vol. 2」は1974年にヘルシンキで行われたライブを全編収録しているという触れ込みだが、一部の曲にはカットの形跡が見られるし、「Florentine Pogen」が未収録となっている疑惑もあるので大分怪しいものだ。結局、ザッパのライブを本来の形で追体験するには没後のライブ盤に頼るしかないのが実情である。
ザッパのこうした編集が最も顕著に見られるライブ盤が1974年発表の「Roxy & Elsewhere」だ。本作はザッパの歴代バンドの中でも屈指の人気を誇る1973年下半期の編成(一部の曲は1974年4~5月の編成)による演奏を収録しており、ファンからも概ね非常に高い評価を得ている名盤中の名盤だが、はっきり言ってこのアルバムの要素の半分くらいはザッパの十八番である偏執的なまでのスタジオワークの賜物と言っても過言ではない。
「Roxy & Elsewhere」がどのように編集されているのか、以下に簡単にまとめてみる。より詳細なデータについてはこちらを参照のこと。
ボーカルや演奏の差し替えについては、自分が当時のライブの全貌をCD7枚に渡って収録したライブ盤「The Roxy Performances」と比較して確かめたもののみを記載しているので、他にも差し替えられている箇所はあるかもしれない(「Echidna's Arf (Of You)」も所々怪しい気がする)。それにしても、ここまで徹底的に編集されたライブ盤というのも他に類を見ないのではないだろうか。そしてまた、ザッパの編集の巧妙さについても認めざるを得ない。「Village Of The Sun」や「Cheepnis」のボーカルの差し替えについては流石にあからさま過ぎるので聴けばすぐに分かるが、「Don't You Ever Wash That Thing?」や「Be-Bop Tango」のトロンボーンソロは、今にして思えばいささか「出来過ぎ」な内容であるとはいえ、自分は「The Roxy Performances」で「種明かし」をされるまで、これがオーバーダブされたものとは全く気付かなかったので、同アルバムのどこを探しても該当のソロが見つからなかった時には思わず「マジか……」と脱力してしまったものだ。
先に述べた複数のライブ演奏を繋ぐ手法にしても、「The Roxy Performances」で全体像を把握した後だとかなり的確に良いテイクを選んでいることが分かり、ザッパの拘りの強さに感心させられる。面白いのが「Penguin In Bondage」。この曲は中盤の数十秒とギターソロのみが1973年の演奏(Roxy)で、それ以外は1974年の演奏(Elsewhere)である。1974年の編成にはドン・プレストン(シンセサイザー)とウォルト・ファウラー(トランペット)がいる代わりにルース・アンダーウッド(パーカッション)がいないので、鳴っている楽器の音に注目すれば判別は可能なのだが、「Roxy & Elsewhere」と銘打っておいて実際は「Elsewhere」の方から始まるのは、これはもうほとんど叙述トリックの域ではないか。
また、「Son Of Orange County」と「More Trouble Every Day」が演奏された日のライブは非公式の音源が出回っているが、これを聴くと上記の二曲は結構冗長な内容であり、アルバムに収録するにあたってザッパがハサミを入れまくったことが分かる。特に「Son Of Orange County」のギターソロは枝葉という枝葉を全て切り落としているような勢いで、正直な話、後からこれだけ編集するなら極論どんな内容のソロでも名演に仕立て上げられるのではないかとも思ってしまう。もちろんそれを実際にやってしまうのがザッパの凄さなのだが。
ザッパはなぜこれほどまでにライブ盤に手を加えたがったのか。ザッパがバンドに要求するレベルが非常に高く、理想を実現するためには編集に頼らざるを得なかったという説も、彼が後年シンクラヴィアによる自動演奏に傾倒していったことを鑑みれば頷ける所もあるが、それだけではないだろう。思うに、ザッパにはスタジオ録音もライブ録音も等しく「素材」に過ぎないという認識があったのではないだろうか。
ザッパのこうしたスタンスが最初に表れたアルバムは「Uncle Meat」だろう。このアルバムの収録曲の大半はスタジオ録音だが、一部の曲はライブ録音であり、それらは特に仕切りを設けることなく、ごく自然な形で混ぜ込まれている。また、最終曲「King Kong」はパート1からパート5まではスタジオ録音だが、パート6はライブ録音で、曲の最後には再びスタジオ録音に戻る。「Uncle Meat」は後に再演される曲が多いことからザッパの「ネタ帳」として見る向きもあるが、スタジオ録音とライブ録音を接続するという手法もまた一つの「ネタ」だったと言えるかもしれない。実際、この後に発表された「Burnt Weeny Sandwich」や「Weasels Ripped My Flesh」でもこの手法は踏襲されており、後者に至ってはスタジオ録音とライブ録音の割合がほぼ半々で、両者が完全に同列のものとして扱われていることが伺える。
また、70年代後半の傑作「Sheik Yerbouti」はスタジオ盤という体裁を取ってはいるものの、実際にはライブ演奏がベーシックトラックとして用いられている(ちなみにライナーノーツではご丁寧にもオーバーダブの度合いを記載している)。これもザッパがライブ録音を「素材」と捉えていたことの証左だろう。もっとも、ザッパが70年代後半から80年代中盤にかけてこうした制作手法を採用した背景には、バンドが大編成化していくにつれて、アルバム制作のためにメンバーのスケジュールやスタジオを押さえることが困難になっていったという事情もあるらしいが。
個人的な意見としては、ザッパ・バンドは素の姿でも卓越した演奏を繰り広げていたのだから、なるべく無編集のままで聴いてみたかったという思いはあるのだが、ザッパがそれでは不十分だと考えるほどの凝り性だったからこそ数々の傑作が生み出されたという面もあるだろうし、両方を取ることは出来ないのだろう。その辺りのフォローはザッパの没後も発表され続ける「新譜」に期待したい。欲を言えば全時期のライブ盤を最低一枚ずつ出してライブ・ヒストリーを完成させて欲しい所だが、現在リリースが噂されている作品の中には「Bongo Fury」のボックスやHot Rats Bandのライブ盤など興味深いラインナップも含まれているし、まあ気長に待つとしよう。
この記事の趣旨は以上で終わりだが、良い機会なので他のライブ盤についても少し語ってみたい。
Fillmore East - June 1971 (1971)
ザッパがパッケージングする前の音源を聴く手段が現状ないので疑惑に留まるが、少なくとも「Tears Began To Fall」のボーカルはオーバーダブされているように思える。ちなみにこのアルバムでは「Lonesome Electric Turkey」(「King Kong」のソロの抜粋)以降の三曲があたかもアンコール曲のように並べられているが、当時のセットリストを鑑みるに、「Peaches En Regalia」と「Tears Began To Fall」は実際にはライブのオープニングに演奏された可能性が高いと思う。もう一つ言うと、「Tears Began To Fall」の後には大抵「Shove It Right In」が来るのだが、このライブ盤でもフェードアウトしていく演奏をよく聴くと曲のイントロがうっすらと流れていたりする。
Just Another Band From L.A. (1972)
これはザッパの70年代のライブ盤にしては珍しく、そんなに内容を弄っていない気がする。目立つ所だと「Billy The Mountain」後半のソロ回しをカットしているくらいか。ちなみに元のライブでは「Call Any Vegetable」以降の四曲の方が先に演奏されている。
Bongo Fury (1975)
スタジオ録音の「200 Years Old」「Cucamonga」「Muffin Man」(冒頭のみ)を除くと、「Debra Kadabra」はRobert "Frog" Camarenaがボーカルのオーバーダブを行ったことを証言している(ノンクレジット)。それから「Carolina Hard-Core Ecstasy」は同時期のライブだと同じ歌詞を二回歌うなど全体的に間延びした感じの演奏で、アルバム収録の際に短縮した可能性が高いと思う。
Zappa In New York (1978)
このアルバムはオーバーダブを行ったメンバーもクレジットされているのだが、元より大編成なこともあってか、オーバーダブされた箇所がよく分からないのが歯痒い。また、ザッパ本人も一部の曲でギターをオーバーダブしているが、これは他の楽器に比べて明らかに大きな音で入っているので分かりやすく、「Cruisin' For Burgers」「Punky's Whips」(CD版)「Pound For A Brown」「Big Leg Emma」「Sofa」「The Purple Lagoon/Approximate」で確認することが出来る。個人的には「Punky's Whips」はちょっと装飾過多な気もするが……。
ちなみに「Titties & Bear」は元々「Chrissy Puked Twice」という曲名だったが、アルバム収録の際に曲名の由来と思しき「語り手のガールフレンドがLSDをやった後に吐く」という下りが削除され、現在の曲名に改題された(アルバム発表後のライブでもこのバージョンを踏襲している)。このことから、ザッパはライブ演奏をアルバムに収録する段階においても、曲の一部をカットするなどして実質的にアレンジを変更していたことが分かる。同じ例が「Cheepnis」で、これは元のライブでは演奏されていなかったパートをスタジオで追加し、後のライブではそのパートも含めて演奏している。
Tinsel Town Rebellion (1981)
1981年発表のライブ盤ということで、「Fine Girl」(スタジオ録音)と「Easy Meat」の前半(これは未発表に終わったスタジオ盤「Crush All Boxes」からの流用なのでオーバーダブされているのも当然)以外の曲にオーバーダブはない(はず)。内容は1978~1980年のライブ演奏をメドレー形式で並べて一つのライブに見立てたものだが、後の「On Stage」シリーズとも共通するコンセプトでなかなか興味深い。
You Can't Do That On Stage Anymore Vol. 2 (1988)
本文中でも触れたライブ盤。これも元の音源がないので確実なことは言えないが、自分が編集されていると感じた箇所は以下の通り。
「Florentine Pogen」の未収録疑惑については、「On Stage Vol. 4」に収録されている同曲の冒頭が1974年の演奏で、なおかつ音質が「On Stage Vol. 2」に似ていることが根拠となっている。ちなみにこの編集は一切クレジットされていないが、元より「On Stage」シリーズでザッパが載せているデータは誤りが多いので当てにならない。この辺についてはファンの方が本人より正確な情報を持っており、またそれがいかにもカルティックな人気を誇るミュージシャンの「あるある」っぽくて笑ってしまうが……。
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