見出し画像

フランク・ザッパのベスト盤を眺める

 デビューしてから亡くなるまでに60枚以上のアルバムを発表した、ロック界きってのワーカホリックことフランク・ザッパ。そんな彼の宇宙の如く広大な音楽性をたかだか一、二枚のベスト盤で把握することなどまずもって不可能であり、初心者へのフックを作るのも難しいのではないかと思われるが、しかしそれでもザッパのベスト盤は厳然として存在するのである。

 何故か仰々しい書き出しになってしまったが、この記事では現在までにリリースされたザッパのベスト盤についてあれこれ語っていく。一応ザッパのファンを名乗る者として、ザッパ本人が制作に関与したアルバムについては多少は真面目に書くつもりだが、それ以外についてはかなり適当なのであしからず。


Mothermania (1969)

01. Brown Shoes Don't Make It
02. Mother People
[new mono mix]
03. Duke Of Prunes
04. Call Any Vegetable
05. The Idiot Bastard Son 
[new mono mix & edit]
06. It Can't Happen Here 
[new stereo mix & edit]
07. You're Probably Wondering Why I'm Here
[new stereo mix]
08. Who Are The Brain Police?
[new stereo mix]
09. Plastic People
10. Hungry Freaks, Daddy
[new stereo mix]
11. America Drinks And Goes Home

 ザッパの生前に唯一リリースされた「公認」のベスト盤。編集にもザッパ本人が携わっている。「Freak Out!」「Absolutely Free」「We're Only In It For The Money」の三枚から選曲されており、それだけならわざわざ聴く価値もないのだが、「Mother People」「The Idiot Bastard Son」はオリジナル版とは全く違うバージョンで、「Freak Out!」収録曲も新規にミックスされているため、ファンにとっては必須アイテムとなってしまった。80年代以降にザッパのアルバムがCD化された際もこのベスト盤は無視され、長らくレア盤となっていたが、2009年にザッパの公式サイトでダウンロード販売され、2012年にザッパのアルバムが再発された際には物理メディアとしてもリリースされたため、現在では比較的容易に入手可能なはず。

「Mother People」はオリジナル版とは異なりモノミックス。オリジナル版では検閲により変更された(?)歌詞が本来のものに置き換わっている他、オリジナル版の「曲の後半で唐突にオーケストラによる演奏が挿入され、その後再び元の演奏に戻る」という展開がカットされており、オーケストラパートが入るタイミングで曲自体がそのまま終了する。

「The Idiot Bastard Son」も同様にモノミックス。歌い出しの前にピアノとティンパニによるイントロが追加されており、オリジナル版では曲の途中に挿入されていた会話パートがカットされている。従って、ザッパの曲の中でも屈指の美しいメロディをコラージュ抜きで楽しめるようになっているが、"Try and imagine the window all covered in green"の部分は個人的にはオリジナル版の方が切実な響きがあって好きだったりする。

「Freak Out!」は各楽器の音が左右に大きく分かれており、いかにも60年代といったミックス(The Beatlesの曲のステレオ版を思い起こしていただければ分かりやすいだろう)だったが、本作では新たにミックスし直されている。例えば、「Hungry Freaks, Daddy」のギターソロはオリジナル版では左チャンネルに位置しているが、本作では中央に位置している。なお、「It Can't Happen Here」は編集自体がオリジナル版とは異なり、ピアノやパーカッション等のセクションがカットされ、ほぼ全編アカペラとなっている。また些細な点ではあるが、曲後半のモノローグに"Psychedelic!"の一語が追加され、終わり方も"It can't happen here"のフレーズを何度か繰り返す形に変更されている。

「Absolutely Free」収録曲については基本的にオリジナル版と変わらない。「The Duke Of Prunes」は「Absolutely Free」における「The Duke Of Prunes」「Amnesia Vivace」「The Duke Regains His Chops」のメドレーを一つのトラックにまとめたもの。「Call Any Vegetable」も同様に「Call Any Vegetable」「Invocation And Ritual Dance Of The Young Pumpkin」「Soft-Sell Conclusion」のメドレーを一つのトラックにまとめたものだが、「Invocation And Ritual Dance~」は大部分がカットされている。

 以上のように、オリジナル版とは異なる要素が相当数存在するため、ザッパのファンであれば入手しておきたいアルバムだが、ベスト盤としては流石に機能しないと思う(いかにも契約の都合でリリースされたようなアルバムだし……)。とはいえ、初期の三枚からチョイスするなら誰が選んでも概ね似たような選曲になるだろうし、そういう意味では意外と妥当な内容なのかもしれない。実際、オリジナル・マザーズ期の曲を手軽に聴きたいという時には結構重宝したりする。


Strictly Commercial: The Best Of Frank Zappa (1995)

01. Peaches En Regalia (from Hot Rats)
02. Don't Eat The Yellow Snow (Single Version)
03. Dancin' Fool  [US & UK CD] (from Sheik Yerbouti)
Dancin' Fool ("12 Dance Mix) [LP & Japan CD] (maxi-single version)
04. San Ber'dino  (from One Size Fits All)
05. Dirty Love  (from Over-Nite Sensation)
06. My Guitar Wants To Kill Your Mama  (from Weasels Ripped My Flesh)
Who Are the Brain Police? [Japan CD]
07. Cosmik Debris 
(from Apostrophe ('))
08. Trouble Every Day  (from Freak Out!)
09. Disco Boy  (from Zoot Allures)
10. Fine Girl  (from Tinsel Town Rebellion)
11. Sexual Harassment In The Workplace  (from Guitar)
12. Let's Make The Water Turn Black  (from We're Only In It For The Money)
13. I'm The Slime  (from Over-Nite Sensation)
14. Joe's Garage (Single Version)
15. Tell Me You Love Me [US & Japan CD] (from Chunga's Revenge)
Bobby Brown Goes Down [UK CD]  (from Sheik Yerbouti)
16. Montana (Single Version)
17. Valley Girl  (from Ship Arriving Too Late To Save A Drowning Witch)
18. Be In My Video (from Them Or Us)
19. Muffin Man (from Bongo Fury)

 ザッパの没後にライコディスクからリリースされたベスト盤。タイトル(「Nanook Rubs It」の歌詞からの引用だろう)通り、ザッパの曲の中でも比較的ストレートなロックやポップソングが多く収録されている。また上記の通り、米盤、英盤、日本盤で微妙に収録曲が異なる。本作はそれなりに多くの数が出回ったようで、TSUTAYA等でも見かけることが多い。自分の近所のTSUTAYAではこれと「Uncle Meat」だけが置かれていました。

 ザッパ自身が編集に携わっていないということでファンからは軽く見られがちなアルバムだが、個人的には割と良く出来たベスト盤だと思う。歌モノだけでなく「Peaches En Regalia」や「Muffin Man」といったインスト主体の名曲も入っているし、アルバム全編を聴くと結構ダレてくる「Guitar」からベストテイクの「Sexual Harassment In The Workplace」を選曲するセンスも良い。シングル版の曲も収録されているので、オリジナルアルバムを買った後に不要な代物にならないのもナイスだ。

「Don't Eat The Yellow Snow」のシングル版は「Nanock Rubs It」も(短縮されているが)含まれており、「St. Alfonzo's Pancake Breakfast」に入る所でフェードアウトする。シングルがリリースされたきっかけは、ピッツバーグのラジオ局のDJがこの二曲を編集して流したらウケたことで、それをツアー中に知ったザッパは帰国後に自分で編集し直した上で発売している。なお、シングルは全米シングルチャートで86位を記録し、ザッパにとっては初のチャート入りとなった。

 2004年には「The Best Of Frank Zappa」という廉価版が出ている。こちらは値段が安い代わりに、「Trouble Every Day」「Let's Make The Water Turn Black」「Sexual Harassment In The Workplace」「Be In My Video」の四曲が未収録となっている。ちなみに「Dancin' Fool」は通常バージョン、15曲目は「Bobby Brown Goes Down」。


Have I Offended Someone? (1997)

01. Bobby Brown Goes Down (remixed)
02. Disco Boy 
(reconstructed & remixed)
03. Goblin Girl 
(VSO'd to slower speed)
04. In France 
(remixed)
05. He's So Gay 
[original vinyl mix]
06. SEX
07. Titties 'N Beer
(different edit)
08. We're Turning Again 
(remixed)
09. Dumb All Over 
(previously unreleased live version)
10. Catholic Girls
11. Dinah-Moe Humm 
(reconstructed & remixed)
12. Tinsel Town Rebellion 
(previously unreleased live version)
13. Valley Girl 
(reconstructed & remixed)
14. Jewish Princess
15. Yo Cats 
(remixed)

 ザッパが「生前に」プロデュースし、没後になってからリリースされたベスト盤。ザッパ本人が編集に携わっているだけあり、殆どの曲がオリジナル版とは別バージョンとなっているため、「Mothermania」と同様にファンであれば入手すべきアルバムといえる。選曲に際してはタイトル通り「誰かを怒らせたことがあるか」が基準となっており、確かに道徳的・政治的に色々とアブナイ歌詞の曲が目立つ。反面ザッパの魅力の一つである超絶技巧的なインストは殆ど見られず、基本的には歌モノ中心のアルバムである。

 本作の一番の目玉は「Dumb All Over」の未発表ライブ音源だろう。演奏日は1984年8月25日(映像版「Does Humor Belongs In Music?」と同日だが本曲は未収録)で、1984年バンドらしい遊び心に溢れたノリノリな演奏が聴ける。「Tinsel Town Rebellion」は厳密には未発表音源ではなく、映像版「Does Humor Belongs In Music?」のテイクと同一のものだが、演奏自体は秀逸の一語。ネタを盛り込みやすい曲構成がバンドの気風に合っている。Culture Clubの「I'll Tumble 4 Ya」を引用する場面のテンションが最高。

「Titties 'N Beer」は「Zappa In New York」のテイクと同一のものだが、(different edit)とある通り編集が異なる。「Zappa In New York」はLP版とCD版で収録時間とミックスが異なっており、「Titties 'N Bear」はCD版の方が曲中盤のザッパと悪魔に扮したテリー・ボジオの掛け合いが長く収録されている。本作ではその掛け合いパートは短縮されており、内容としてはLP版に近い(厳密にはLP版よりさらに短い)が、一方でミックスはCD版の方に準拠している。また、ボーカルパートに戻ってからザッパが"Whoa... Tinsel Time!"と言う所はLP版には収録されていない(CD版には収録)が、本作には入っている。ということで、確かに"different edit"に偽りはないのだが、こういう微妙なバージョン違いがこれ以上増えるとそのうち本当に訳が分からなくなるので勘弁して欲しい。

 その他のリミックス版については逐一説明していくと流石に長くなり過ぎるので割愛。詳細はこちらを参照のこと。ちなみに「Disco Boy」はチャド・ワッカーマンがドラムをオーバーダブしているが、オリジナル版からしてショボいエレドラみたいな音だったので、個人的にはこちらの方が好きかもしれない。

 自分はプログレからザッパに入ったので、どうしても「RDNZL」のような複雑な演奏をバシバシ決めていく痛快なインストに力点を置きがちな所はあるが、とはいえこのベスト盤に収録されている下世話なポップソングもザッパの一側面であることには違いない。ザッパがこうした歌モノ主体のベスト盤を企図していたというのは少し意外な印象もあるが、単純に良い曲が揃っているし、前述の通りここでしか聴けない曲もあるので、コレクターズアイテムとしては上々の出来だと思う。


Strictly Genteel: A "Classical" Introduction To Frank Zappa (1997)

01. Uncle Meat: Main Title Theme (from Uncle Meat)
02. Regyptian Strut (from Sleep Dirt)
03. Pedro's Dowry (from Orchestral Favorites)
04. Outrage At Valdez (from The Yellow Shark)
05. Little Umbrellas (from Hot Rats)
06. Run Home Slow Theme (from The Lost Episodes)
07. Dwarf Nebula Processional March & Dwarf Nebula (from Weasels Ripped My Flesh)
08. Dupree's Paradise (from The Perfect Stranger)
09. Opus 1, No. 3, 2nd Movement, Presto (from Francesco Zappa)
10. Duke Of Prunes (from Orchestral Favorites)
11. Aybe Sea (from Burnt Weeny Sandwich)
12. Naval Aviation In Art? (from The Perfect Stranger)
13. G-Spot Tornado (from Jazz From Hell)
14. Bob In Dacron, First Movement (from London Symphony Orchestra Vols. I & II)
15. Opus 1, No. 4, 2nd Movement, Allegro (from Francesco Zappa)
16. Dog Breath Variations (from The Yellow Shark)
17. Uncle Meat (from The Yellow Shark)
18. Strictly Genteel (from London Symphony Orchestra Vols. I & II)

 未所有。「Strictly Genteel」と同様に、ザッパの没後にライコディスクからリリースされたベスト盤で、こちらはザッパのクラシカルな面をフィーチャーしているようだ。とはいえオーケストラと共演したアルバムだけでは流石に曲数やポップさが足りないと踏んだのか、「Regyptian Strut」や「Little Umbrella」といった通常のバンド編成の曲も収録されている。それ自体は良い判断だと思うし、「Uncle Meat」のオリジナル版をオープニングに、アンサンブル・モデルンによる演奏をエンディング近くに配置する構成にもセンスの良さを感じるが、ザッパの現代音楽チックな曲の中でも屈指の傑作である「Revised Music For Guitar And Low-Budget Orchestra」は入っていて欲しかった。それと、いくらクラシックであるとはいえ「Francesco Zappa」の曲は別に収録しなくても良かったと思う。別人だし。


Cheap Thrills (1998)

01. I Could Be A Star Now (from Playground Psychotics)
02. Catholic Girls (from You Can't Do That On Stage Anymore Vol. 6)
03. Bobby Brown Goes Down (from You Can't Do That On Stage Anymore Vol. 3)
04. You Are What You Is (from Thing-Fish)
05. We Are Not Alone (from The Man From Utopia)
06. Cheap Thrills (from Cruising With Ruben & The Jets)
07. The Mudshark Interview (from Playground Psychotics)
08. Hot Plate Heaven At The Green Hotel (from Broadway The Hard Way)
09. Zomby Woof (from You Can't Do That On Stage Anymore Vol. 1)
10. The Torture Never Stops Original Version (from You Can't Do That On Stage Anymore Vol. 4)
11. Joe's Garage (from You Can't Do That On Stage Anymore Vol. 3)
12. My Guitar Wants To Kill Your Mama (from You Can't Do That On Stage Anymore Vol. 4)
13. Going For The Money (from Playground Psychotics)

 未所有。グロテスクなジャケットといいあまりにも謎過ぎる選曲といい、パッと見では海賊版としか思えない本作だが、一応ライコディスクからリリースされた廉価版のサンプラーらしい。本作はエンハンストCDで、PC上でザッパの作品カタログを閲覧することが出来たようだが、現物を持っていないので詳しいことはよく分からない。

 それ以上に分からないのが内容で、収録曲を何度見てもどういう基準で選曲されたのか理解に苦しむ。とりあえずタイトル曲の「Cheap Thrills」が入っているのは分かる。「Playground Psychotics」の会話トラックについては暫く首を傾げていたが、よく見るとアルバムの最初と真ん中と最後に配置されており、あえて曲ではないトラックを差し挟むことでコンセプトアルバム的な統一感を出すことを狙ったのかもしれない。それにしては色々と尖り過ぎな演出だと思うが……。残りの曲についてだが、どういう訳か「You Can't Do That On Stage Anymore」シリーズからの選曲が目立つのが気になる。もっともザッパの作品はスタジオ音源とライブ音源の境界が曖昧なことも多いので、「On Stage」から選曲するというのも分からなくはないのだが、そもそも「On Stage」自体がある意味ライブ演奏で構成されたベスト盤のような内容となっているし、そこからさらに抜粋した上で再構成しても仕方がないというか……。1969年~1984年の演奏を満遍なく収録した「On Stage Vol. 1」の方がよほどベスト盤然としているんだよな……。


Son Of Cheep Thrills (1999)

01. WPLJ (from Burnt Weeny Sandwich)
02. Twenty Small Cigars (from Chunga's Revenge)
03. The Legend Of The Golden Arches (from Uncle Meat)
04. Ya Hozna (from Them Or Us)
05. It Just Might Be A One-Shot Deal (from Waka/Jawaka)
06. Love Of My Life (Live Version) (from Tinsel Town Rebellion)
07. Disco Boy (Live Soundtrack Version) (from Baby Snakes)
08. Night School (from Jazz From Hell)
09. Sinister Footwear 2nd Mvt. (Live Version) (from Make A Jazz Noise Here)
10. The Idiot Bastard Son (Live Version) (from You Can't Do That On Stage Anymore Vol. 2)
11. What's New In Baltimore? (from Frank Zappa Meets The Mothers Of Prevention)

 未所有。グロテスクなジャケットといいあまりにも謎過ぎる選曲といい、パッと見では海賊版としか思えない本作だが、一応ライコディスクからリリースされた廉価版のサンプラーらしい。……とコピペしてから改めて収録曲を見てみたが、前作に輪をかけて不可解としか言いようのない内容で、ここまで来ると逆に突っ込み辛い。多分、自分が持っているザッパの生前のアルバムから十数曲ほどランダム再生した上で、そのプレイリストの曲をそれっぽく並び替えた方がこれよりベスト盤っぽい内容になると思う。


Understanding America (2012)

Disc 1
01. Hungry Freaks, Daddy
02. Plastic People
03. Mom & Dad
04. It Can't Happen Here
05. Who Are The Brain Police?
06. Who Needs The Peace Corps?
07. Brown Shoes Don't Make It
08. Concentration Moon
09. Trouble Every Day
10. You're Probably Wondering Why I'm Here
11. We're Turning Again
12. Road Ladies
13. What Kind Of Girl Do You Think We Are?
14. Camarillo Brillo
15. Find Her Finer
16. Dinah-Moe Humm
17. Disco Boy
18. 200 Years Old

Disc 2
01. I'm The Slime
02. Be In My Video
03. I Don't Even Care
04. Can't Afford No Shoes
05. Heavenly Bank Account
06. Cocaine Decisions
07. Dumb All Over
08. Promiscuous
09. Thing-Fish Intro
10. The Central Scrutinizer
11. Porn Wars Deluxe
12. Tinsel Town Rebellion
13. Jesus Thinks You're A Jerk

 ザッパが「生前に」プロデュースし、没後になってからリリースされたベスト盤。意外にもザッパのベスト盤としては初の二枚組となる。そのため選曲も単にポップな曲を集めたりするのではなく、オリジナル・マザーズ期の曲から始まり80年代の曲に終わるという、ザッパの音楽性の変遷を辿っていくような内容となっている。その割には曲がきちんと時系列順に並んでいなかったりするが……。一枚目の11曲目にバリバリ80年代の曲である「We're Turning Again」が収録されているのは一見謎だが、この曲の歌詞は過去の音楽シーンを振り返るという内容であるため、10曲目以前のオリジナル・マザーズ期の曲に引っかけてここに配置されているのではないかと思う。

 重要な点として、本作は1991年にザッパが制作したマスターを基にしているため、2012年の再発の際にリマスターされた音源や、1993年にザッパ本人が監修した通称「承認マスター」ではなく、80~90年代初期の音源が使用されている(参照)。これが最も顕著に現れているのが「We're Only In It For The Money」収録曲の「Mom & Dad」「Who Needs The Peace Corps?」「Concentration Moon」で、これらの曲は今となっては逆に珍しい80年代のミックス(80年代にCDで再発された「We're Only〜」は、アーサー・バロウとチャド・ワッカーマンによるリズム隊の演奏がオーバーダブされており、オリジナル版のローファイな雰囲気が失われた迷編集として悪名高い。現在では「Lumpy/Money」でこのバージョンを聴くことが出来る)となっている。ザッパ本人の意図に忠実に従ったという見方も出来るが、前述の通りこのアルバムがリリースされた2012年はザッパのアルバムの多くがリマスターされた上で再発された年であり、その流れで昔の音源が出てきたらビックリする人も少なくないと思う。というか自分はした。まさかチャド・ワッカーマンがドラムを叩く「Mom & Dad」を2010年代に出た新譜で聴かされるとは思わないじゃん……。また、「Cocaine Decisions」が収録されている「The Man From Utopia」は1993年のリマスターに際して内容自体がLP版から大きく変更され、「Cocaine Decisions」も演奏時間が長くなったが、本作では承認マスター以前の音源を使用している関係で、LP版と同じミックスとなっている。

 内容についてだが、ザッパ本人による編集ということで、元は別々のアルバムに収録されていた曲が綺麗に繋がっている点にまず目が行く(Pink Floydのベスト盤「Echoes」に若干近いような印象を受ける)。中でも「Dumb All Over」から「Promiscuous」にシームレスに繋がる流れは非常に格好良いと思う。ただ、次曲へスムーズに繋げるために「I'm The Slime」のギターソロがバッサリカットされているのはちょっと不憫な感じだが。本作唯一の未発表曲である「Porn Wars Deluxe」は、「Frank Zappa Meets The Mothers Of Prevention」収録曲の「Porn Wars」を25分超に拡大したバージョン。PMRCが開催した公聴会での発言を二重の意味でネタにしたコラージュ音楽である点は原曲と同じだが、曲の途中に「Bow Tie Daddy」(全編収録)「It Can't Happen Here」「Brown Shoes Don't Make It」(「Tinsel Town Rebellion」のテイクと同一のもの)「What's The Ugliest Part Of Your Body?」「Who Are The Brain Police?」「SEX」(全編収録)が、ほぼ素材そのままに近い形で挿入されているのが大きな特徴となっている。最後は「He Used To Cut The Grass」のボーカルパートに移り、そのまま曲自体が終了する。

 いかにもザッパらしい挑発的で目を惹くタイトル、二枚組で全31曲という豊富な収録曲数と、ベスト盤としてはなかなかの出来に思えるが……。正直な話、自分はもう2012年のアナログリマスター盤に慣れてしまっているので、一部の曲はどうしても違和感を覚えてしまうんですよね……。別に音質がすこぶる悪いということもないのだが、使用されたマスターに基づくミックス違い以外ではオリジナル版と違うバージョンの曲も少ないし、それなら素直にオリジナルアルバムの方を聴くというか……。それと、これは制作時期的に仕方ないと思うが、初期の曲から後期の曲まで広範に渡って収録されているように見えて、ザッパがワーナー・ブラザーズと揉めていた頃の作品がすっぽり抜けているのも地味に痛い。ザッパがこのようなベスト盤を構想していたこと自体は興味深いが、逆に言えば作品そのものだけではなく、ザッパの意図や当時の事情等をあれこれ推測することも楽しめるマニア向けのアルバムだと思う。


Zappatite - Frank Zappa's Tastiest Tracks (2016)

01. I'm The Slime (from Over-Nite Sensation)
02. Dirty Love (from Over-Nite Sensation)
03. Dancin' Fool (from Sheik Yerbouti)
04. Trouble Every Day (from Freak Out!)
05. Peaches En Regalia (from Hot Rats)
06. Tell Me You Love Me (from Chunga's Revenge)
07. Bobby Brown Goes Down (from Sheik Yerbouti)
08. You Are What You Is (from You Are What You Is)
09. Valley Girl (from Ship Arriving Too Late To Save A Drowning Witch)
10. Joe's Garage (from Joe's Garage Acts I, II & III)
11. Cosmik Debris (from Apostrophe ('))
12. Sofa No. 1 (from One Size Fits All)
13. Don't Eat The Yellow Snow (Single Version)
14. Titties & Beer (from Zappa In New York)
15. G-Spot Tornado (from Jazz From Hell)
16. Cocaine Decisions (from The Man From Utopia)
17. Zoot Allures (from Zoot Allures)
18. Strictly Genteel (from London Symphony Orchestra Vols. I & II)

 未所有。ジャケットだけ見ると海賊版感が凄い(特に最近のAmazonではブートレグも平気で出回っているのでなおさらそう見える)が、ユニバーサルからリリースされた正規のベスト盤である。選曲に際してはポップで親しみやすい曲を中心に据えているようだが、「G-Spot Tornado」「Strictly Genteel」といった曲も交えている辺り、ポップソング一辺倒ではなく音楽性に幅を持たせようとする意図が感じられる。音源も(多分)2012年のリマスター盤に準じているし、特に突っ込む所もないのだが、あえて言うならベスト盤のオープニングが「I'm The Slime」なのはちょっと渋過ぎるというか、「Peaches En Regalia」を一曲目に持ってきた方が良かったと思う。

 収録曲をよくよく見ると、「Strictly Commercial」と結構な数が重複していることに気付く。まあ「Trouble Every Day」「Cosmik Debris」「Bobby Brown Goes Down」「Dancin' Fool」「Joe's Garage」辺りはポップな曲調かつライブでも人気の鉄板だし、ヒットソングという観点ではシングルチャートで高順位を記録した「Don't Eat The Yellow Snow」「Valley Girl」も外せない。そんな感じで選曲していくと必然的に被っていくんでしょうね……。


総評

 こうして並べてみると「Strictly Commercial」がかなり良い線を行っているように見えるが、今となっては流石にもう古いアルバムだし、あえてここから入る必要もないと思う。ザッパ本人が編集した三枚のベスト盤はファンなら入手すべきだが、初心者にはいずれも癖があり過ぎる。やはりザッパは「Hot Rats」「One Size Fits All」「Sheik Yerbouti」といったオリジナルアルバムの名盤を手がかりに掘り下げていくのが合っているのではないか、というのが自分の結論である。

 余談ながら、自分は某巨大掲示板の「ザッパはベスト盤を買うくらいならこれを買った方が良い」という書き込みに乗せられて、最初に聴いた「Uncle Meat」の次にいきなり「Läther」を入手している。確かにこのアルバムはCD三枚に渡ってザッパの様々なジャンルの曲を収録しているという点ではある意味ベスト盤と言えるのかもしれないが、自分は「Duck Duck Goose」や「Pedro's Dowry」といった(ザッパの曲の中では普通に珍しい部類に入る)前衛的な曲を大真面目に受け取った結果、ザッパはとんでもなく取っ付きにくいアーティストなのではないかと盛大に勘違いしていたため、「Läther」がベスト盤として機能するという説にはかなり懐疑的であると、かれこれ十年以上前の書き込みに異議を表明して終わる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?