なぜ下町でスタートアップをやるのか

はじめに

今年の2月、オフィスを稲荷町というところに移転した。上野と浅草のちょうど中間あたりに位置する、いわゆる下町、それもドがつくほどのド下町だ。
移転以来、渋谷や六本木などいわゆるスタートアップ集積地へと足を運ぶ頻度は恐ろしく減り、月に1,2度行けば多い方、という具合になった。

そんな、一見破天荒といえる移転をしてからというもの、「なんであんなとこに移転したの?」「寂しくない?」などと聞かれることが猛烈に増え、その度に「下町も意外といいんだよ」「なんたって安いからね!ガハハ!」などと答えていたのだが、実際のところ本能や直感のような、なにかに突き動かされるような感覚による移転だった。

少し時間はかかったが考えを巡らし、なぜ自分がそう思い、そうしたのかを考察したので、メモがてらまとめておこうと思う。

スタートアップと「速度」


唐突ではあるが、スタートアップ企業(に限った話ではないかもしれないが、自分の見えている景色がスタートアップ中心なので)には、それぞれに適正な「速度」というものがあるように思う。

既存産業のしくみに新しい技術やメソッドを付け加えたり、ニッチな領域に特化して一点突破を試みる、といった「ハック型」のスタートアップには、素早さが求められる。現在東京におけるスタートアップシーンでは、この「ハック型」スタートアップがかなりの比率を占めているように感じる。ある産業における特定の領域に対する閃きや創意工夫次第で、スピーディに市場を開拓できるという点で、起業に対するハードルが低いことに起因しているのかもしれない。

一方、大きな既存産業のあり方そのものを変革させようと試みたり、そもそも新しい産業を生み出そうとするような場合には、素早さよりも粘り強さが求められることが多い。その産業/市場についてマクロ・ミクロ両方の視点で深く理解し、じっくりと時間をかけて産業のしくみに影響を与えていくのである。ちなみに「◯◯型」と対にして呼びたかったが、思いつかなかったので諦めました。ごめんなさい。

速度と環境


だいぶ遠回りしたがオフィスの話に戻ろう。そんなこんなでスタートアップにはそれぞれに適した速度があり、その速度に乗ったり、維持したりというのは環境に大きな影響を受ける。「ハック型」が多い昨今のスタートアップシーンにおいては、渋谷や六本木、五反田で切磋琢磨し、ときには励まし合いながら高速でサービスを作り成長させていく、というのは非常に好ましい環境であるように思う。

一方その環境において、じっくりと時間をかけて産業と向き合うタイプのスタートアップは少々異質な存在である。例えるなら、自分はフルマラソンを走っているのに、周囲はハーフマラソンを走っているような状態だ。自分の場合、ここで本来不要な焦燥感や、自分のペースで走ることの難しさを感じた。意思決定がニッチな方向に向きかけたり、「急いで成功しないと」「こないだ創業したあそこはもう◯億円集めた」といった焦りが、本来したかったはずの大胆な意思決定を小さくしたり、歪めていることに気づいたのだ。そこで、あまりスタートアップのいない下町エリアへの移転という形で、半ば強制的に自分のペースで走らざるを得ない環境を作った。

〜ちょっと一息〜 アメリカのはなし


(突然アメリカの話をします。脈略がないですが心の準備をしてください。)アメリカでは、サンフランシスコ周辺に「ハック型」
のスタートアップが集結している。一方で、ニューヨークにはカルチャーに関わるような、文化的な企業が多く見受けられる。土地と産業というのは切っても切り離せない関係性を持ち、環境によって異なる特色の企業が生まれ、育つというのはアメリカを見ると本当によくわかる。

これからのトーキョー・スタートアップ


現在、日本においては多くのスタートアップが東京に集約されている。今後地方からも新しい動きが出てくることに大いに期待しつつも、ここではあえて東京という狭い世界の話をしよう。

2010年ごろから東京で急速に増えつつあるスタートアップだが、渋谷や六本木、五反田の「聖地感」はもはや異常といっても過言ではないレベルにあるように思う。地価も高騰し、スタートアップには苦しい賃料の物件がほとんどになりつつあるのも事実だ。
一方、皇居の東、いわゆる下町エリアは、まだスタートアップも多くない上、地価が安いエリアがちらほらと見受けられる。

とりあえず渋谷!の時期は終わりつつある。自社にふさわしい「速度」について深く考え、それに適した環境を選択することで、自分たちらしい意思決定をして、自分たちにしか作れないプロダクトを作ろう。
蛇足な上に何様だと言われそうなのだが、ぼくらは誰かに頼まれて会社をやっているわけでも、成功を焦らされているわけでもない。自分たちのやりたいことを、自分たちが適切だと思うペースで、自分たちの好きな場所で頑張ればいい。そうやって成功した企業には息苦しさや義務感がまとわりつかず、長く世に残り、そして愛されるのではないかと、ご都合主義の自分は思うのだ。

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