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熱海旅行に 9

出発して、バスが海沿いの道路に差し掛かった時、ガイドの老紳士がマイクを取った。
「このへんは埋立地なので、今走っている道路も昔は海でした。だからここから見える砂浜も実は人工の砂浜で、砂浜の砂は千葉県君津市から持ち込まれた砂なんです。」
ずっとお話が聞けるのかと思いきや、意外と無言の間も多く、絶妙にもっといろんなエピソードが聴いてみたいと思わせる情報量だった。引き算のトーク。そしてにじみ出る品の良さ。

海沿いの低地を走っているバスの車窓から外を眺めていると熱海の街はかなり傾斜地にできているということに気付く。

老紳士の観光案内を名残惜しく感じながら「銀座」のバス停について、降りた。

横断歩道を渡って川沿いを歩く。つたの張ったちょっと異様な雰囲気の建物にぎょっとして看板を見ると「ソープランド」の文字。
地図で見た時は、飲食店が集中しているという印象しかなかったが、いざ現地であたりを見渡すと、風俗系のお店の看板が多く散見されて、ここが歓楽街でもあるということが察せられた。
まだ昼間のせいだからなのか、人通りはない。どこへ行っても必ず観光客がいる熱海で、銀座にだけは不思議な静けさがあった。
なんとなく気まずい気持ちで、杉くんと並んで川沿いを歩いた。

目的の洋食屋さんに着き中に入ると、40~50代ぐらいの女性の店員さんが出てきた。
「すみません、ランチタイム終わっちゃってビーフシチューしか今お出しできないんですよ。」
杉くんと目配せをし、一瞬悩んだ後、
「また改めます。」
と答えてお店を出た。

「どうしよー…。」
「結構この時間もうどこもランチタイム終わっちゃってるみたいだ…。」
時間は14時過ぎ。一応数店舗周りのお店を覗いてみたけれど、どこもやっていなかった。
「喫茶店ならこの時間でもやっているんじゃない?」
ぱらぱらとるるぶをめくる。
「ほら、ここ彩月さんが行きたいっていってたとこだ。」
「行ってみよ!」
店頭へ行き、ドアを開いた。
すると、むっとしけったにおいが鼻腔をついた。


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