6月8日

少し雨の匂いがする梅雨入り前の夕方。まだ日が落ち切っていない中、開け放たれたドアからシャドウに入った。
この日もまたカウンターにいたのは女の子だった。初対面の全然何も知らない人~とおもって普通に喋ったり、モバイルバッテリー貸したげたりしてたけど、帰ってから気付いた。作品も知ってたし、なんなら合同展示見に行ったこともある作家さんだった。ガーデンさんのお友達だそうだ。

この日はいつもより長く居た。何度かお客さんが入れ替わって行くのを見送って行って、シャドウのマスターが何度か出入りしていくのを見て、気付いたのは、ガーデンさんのチャンネルの多さと切り替えの細かさだった。
マスターが来ると、ガーデンさんが突然無になる。無視してるわけじゃないけど、口を開いても何しても持ち味がゼロになる。会話の輪からそっと外れる。
会話のテンポが速くて、このひとは絶対どんな相手とでも自分のペースを崩せず喋れるひとなんだろうなー、という人を目の前にすると、なんとなくテンションがそっちに寄せられて、でもそれは本来自分のペースじゃないからテンパり、業務のタスクが上手くこなせなくなる。
淡々と、でも喋りたそうなお客さんを相手にすると聞き役になってるし、相手に適合できる自分像に自然と擬態しているように見えた。
「そういえば、今日は全然しずさんっぽい挙動が出ないね。」
とふと言ったら、
「ああ…。ほら、今日はヲタクが誰もいないから。」
と言っていた。
客席が女の子で埋まった時には
「女子会みたい!…あ、女子会なんて言葉普段は絶対使わないのに…。」
と言ったそばから後悔していた。

毎回、なんで会うたびガーデンさんの印象はちょっとずつ違うんだろうとおもっていたけど、それはたぶん、そこに居る人達によってガーデンさんのチャンネルがちょっとずつ違うからだ。


お客さんがわたし一人しかいない時間があって、ガーデンさんと話していた。
前回の観察日記で、しずさんに挙動を寄せてしまう原因について聞いたことを書いたら、しずさんがそれを読んで、人づてにそういうことを知って傷ついた、とガーデンさんに話していたと聞いた。

「あれ、知らなかったんですか?てっきりご本人は知ってるのかとおもってた…。」
いや、言ってない、そんなに人とちゃんと向き合えてない、とガーデンさんは言っていた。
バイトの話をしたり、高校時代の話をしたり、観察日記の話をしたりしてる中で、時折ガーデンさんが言っていたのは、
「どうやったら社会に出ていけるのかを見つけたい」
ということだった。
人と向き合うこと、社会に出て行くこと。
答えは私の中にもなかったから上手く答えられなかった。
私は就職がその答えのような気がしていた。でも就職してみて、確かに社会との繋がりは強く感じるけど、どちらかというと社会に出たというよりは社会から庇護されているという感覚の方が強いし、そこでは向き合うことより、各々が各々をすり減らさないように上手に社会性っぽい殻の中に引きこもるスキルの方が大事な気がする。
「私は傷ついたことって人に言えない。ありまさんもそうっぽいね。」
確かにそうだし、場が成立してさえいればいいやとおもって割とガワだけの本心と遠いこと適当に喋っちゃいがちだなーと、話した。
人と向き合うこと、社会に出て行くこと。


まりさんとマスターが、業務連絡のためにLINEで連絡先を交換してるのを見て、ふとガーデンさんにLINEを交換しませんか?と言った。
「LINE@とは違うの?」(初めて会った時、共通のお客さんが勧めてくれてガーデンさんが私のLINE@に登録してくれた)
と言われて、
「あっ、ガーデンさんが登録した翌々日ぐらいに誰かにブロックされたから、もしかして1日見て嫌気がさしてガーデンさんにブロックされたのかとおもってました…。」
と言ったら否定された。たぶんそんな読んでないっぽかったけど、でも外されてないだけでうれしかった。
恐れや疑う気持ちは他人をよく見えなくさせるとおもった。
無事交換できた。

髪フェチだというガーデンさんに髪触ってみてもいい?と言われて、どうぞ、と答えた。撫でられてるとなんか飼ってもらってる気分でふふふと笑った。御利益ありそう。
まりさんに作ってもらったまかないのラーメン、あり合わせのトッピングで即興で綺麗に盛りつけるまりさんにガーデンさんと二人で
「ぱっとあるものでこういう風にできるのがすごいよねえ。」
と感嘆していた。
「観察しているっぽいとこの写真を撮ろう。」
と、ラーメンを食べてるガーデンさんを私がiphoneでばしゃばしゃ撮り、一緒に撮った写真を見た。
「あ、これが一番私っぽい。」
「ああやっぱそれが一番いいー。じゃあこれ載せよっと。」

世界の端っこ、隔絶された場所で、ひっそりと遊んでる気持ちだった。

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