ep.0 「ガーデン観察日記」を書くことになるまで

つづらばらガーデンさん、という人の顔と名前は、明確にこの時に覚えたというタイミングが思い出せないくらい、たびたび私がフォローしてる誰かのツイッターでRTされたり写真や名前を挙げられたりしていた。シャドウで働いているということもなんとなく知っていた。
でも顔と名前を知ってから実際に会うまで、空白の期間が長くあった。

ようやく初めて会ったのは4月、鹿児島帰省から東京へ戻ってきた日の夜。その日は水野しずさん主催で月イチで高円寺のレンタルカフェで開かれる「カフェ・ド・しず」というカフェイベントが行われていて、エトワール(ゲスト)としてガーデンさんもいた。

その時ガーデンさんとやりとりをしたのは三回だった。
ガーデンさんにファーストオーダーを取ってもらった時。数分後頼んだものを持ってきてもらったタイミングで
「ごめんなさい、どの伝票にも付いてなくて誰が頼んだのかわからなくなっちゃって…。これ、頼まれましたか?」
と聞かれた時。
そして帰りにお会計をしてもらった時。

ドしず(カフェ・ド・しずの略称)にいるガーデンさんは、主役というよりしずさんのサポートとして振舞っていて、自分を知ってるお客さん以外はしずさんのお客さんだし、自分のことは知らない人達だからと距離を置いているように見えた。ファミレスの店員さんとお客さんぐらいの距離。当たり前のようにお互い興味を持ち合わないかんじの。
ドしずを出ると、次に会うのはいつだろう、とさえ思わないぐらい、私は自分の日常にすっと帰って行った。

特筆することのないそんな初めての邂逅だったのに、次に私がガーデンさんに会いに行くことになるのはとても早かった。
シャドウに通うお客さんが、5月の4日、月曜の文フリで私の書いた本「メイドカフェご帰宅日記」を買った帰りにシャドウに寄り、何故かガーデンさんにご帰宅日記を持たせた写メを撮り、ツイッターに上げたのだ。
そのタイミングでガーデンさんは少しご帰宅日記を読んでくださったらしく、「ちゃんと読みたいから、もし購入の機会があったら買いたい」https://twitter.com/bara_en/status/595427492137148416
という旨をツイッターを通じておっしゃってくださった。
せっかくなので、私も久しぶりにシャドウに行きたいなと思い、ご帰宅日記を持ってシャドウに寄ったのがその翌週のことだった。

久しぶりのシャドウの扉を、毎回の通りおそるおそる開けると、男性のお客さんが確か3人と、ガーデンさん、それからその日から月曜出勤になったマリーさんの4人がお店の中にいた。お客さんのうちの一人が、ご帰宅日記を買ってガーデンさんに持たせたお客さんだった。
簡単に自己紹介をして本を渡した。
この日はマリーさんが、修道女風のコスプレをしていた。ガーデンさんの衣装を貸してあげたらしい。

普通にお酒を飲んだりお通しを食べたり話したりしていた中、突然バーの中のPCでスカイプが始まって面喰った。
画面の向こうでは、生活感のある部屋で生活感溢れる格好をした妙齢の女性がいて、マリーさんの格好を見て急に怒り始めた。
マリーさんがコスプレをするのは、店の責任者らしきその人にとって本意じゃなかったことだったらしく真剣に怒っていて、二人は冷静に落ち着きを払いながらも神妙な面持ちで謝っていたけれど、スカイプ越しに他人が他人を怒ってるっていうのは第三者的にはちょっとかなり面白い光景だった。客席側にいる三人から思わず笑い声がもれると、あちらにもそれが聞こえたらしく、徐々にPCに向かって本気で怒っている自分に対して客観性を持ってしまったのか、自身も笑ってしまいそうになるのを必死に堪えながら怒っている姿を最後に、スカイプの切断音が「キュッポン」と鳴った。
おかしみの空気だけが残り、それを回収するようにケロリとガーデンさんは「ああ、面白かった。」と言った。
いまだに事態があんまり飲みこめてなかった私が
「あのスカイプは…強制的に繋がれるってことなの?」
と質問すると、
「そう。なんか、時々様子を見るために。」
「えー、すごいな。現代的…。」

楽しくお話して、今度マリーさんの分もご帰宅日記持ってくるねって約束して、帰った。
だけど、帰る道すがらふと思い出した場面が一つあって、
ガーデンさんがテーブル席を片づけるためにバーカンから出て来て片付けていると、誰かが忘れて行った雑誌をぱらぱらと見ると、表紙は正統派アイドルなのに中で連載されてるのはとんでもなくエロ漫画で、
「見てこれw」
と差し出されて、お通しのつけ麺を食べていた私は、吹き出しそうになり
「ちょっとなんで見せるんですかwwwwww」
とわたしの割には高かったテンションで答えると、ふとなんとなく会話がそこで終わったこと。
芸大に居た時分、アートとか芸術的センスを自負している人達から自分の人格や時には作品を見下され馬鹿にされ品評され或いはそれらしい言葉で定義された時の劣等感(被害妄想も多分にゼロじゃなかった)、がそこで一気に頭をもたげ、ああ、きっとガーデンさんからもつまらない人間センスのない人間だと見切られたに違いないと一人でちょっと内心のたうちまわっていた。

それから数日。イベントからも日が経ちメイドカフェご帰宅日記の諸々も徐々に落ち着いてきて、さて、じゃあ次の本はどうしよう、ということを本格的に考えた。やっぱり人と週一もしくは隔週頻度で会合を重ねて、その関係性の変容を見つめたりとか相手のことを掘り下げたりだとか、そういうことがしたいと思って、最近細々運用を始めたフェイスブックに、興味ある人はいませんか?と投稿を投げたけれど綺麗に無視されたので、次はLINE@の配信で聞いてみた。返信で「募集するより声かけたい人に自分から声をかけた方がいいのでは?」という旨のアドバイスもらってなるほど、と思い、週一か隔週で会えて、かつ、自分が書きたいものが書けそうな人…としばらく生活をこなしながら悶々と考えていると、ふとガーデンさんに思い当った。週一でシャドウに出勤してるから行けば会えるし、コンカフェより個人に対するしがらみが薄い場所で働いてること、彼女について言及する言葉がもっとあっていいはずなのにそれが全く足りてない感じ…。考えるほど考えるほどガーデンさんが一番私の今書きたいことにぴったりな気がした。

よし、しばらく考えを寝かそう、と思って、週末急遽出展することになったイベントに出たり予約していたイベントに遊びに行ったりしているうちに、数日が経ってしまった。週明けの朝、寿司詰めの電車の中で勢いでガーデンさんに趣旨の説明とそういうことをする許可をもらえないかとお願いするメッセージを送り、日中仕事をこなしながら返信を待った。しかし夕方になっても返信が来ず、忙しいのかな、それともこれは断られる流れなのかな…、やっぱ喋って私が面白くなかったから…私の書いた本を読んで、センスがないって思われたからかもしれない…。
と思いつつ、でもその日はガーデンさんの出勤の日だった。迷った末、いやでも、とりあえず行ってみよう、断られたら「いやいいんですいいんです」と何事もなかったかのように普通に飲んで帰ればいいんだし、その時はまた期間置いてタイミングがあったら改めてお願いしてみよう…。と、私にしては珍しくアッパーな方(?)を選択して、シャドウへ向かった。
花園神社を横目に、ああ、でもどのタイミングで切り出せばいいんだろう。入ってすぐ?飲み物が来たら?それとも帰り際?そもそももしかしてまだ私が送ったメッセージを見ていない可能性もあるし、その場合はどうしたら…。
と、考えがまとまらないままお店の前に着いてしまい、ええい、とその日は開け放されていたシャドウの入口から中へ入った。

挨拶もそこそこにカウンターに座ると、ガーデンさんの方から今朝送ったメッセージの話を切り出された。
「ごめんなさい、メッセージ見たんですけど、バイト終わってからゆっくり返そうかなと思ってて…私は何したらいいんですか?」
「いやあの別に何にもしなくて大丈夫です。私がシャドウに遊びに来て、ガーデンさんは普通に働いてて、そのことを書きたいので…たぶんこないだお渡ししたご帰宅日記みたいな感じになるんじゃないかなとおもいます。」
どぎまぎしながらそう答えると
「私でいいのかなって…、朝起きてメッセージ見て、あ、これは夢かなっておもった。私はずっと誰かに観察されたかったから。」
うれしかった。何の意味もなく誰のためにもならないことなのかもしれないとおもっていた私の志向が、割れ鍋に綴じ蓋、あるべき場所に辿りつけたのではないかとおもえたから。

こうして誰も結末のわからない、ガーデンさんとの物語がここに紡がれていくことになりました。

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