推される仕事じゃない人を推さない方がよくない?

と、常々思っております。(タイトル)。

先日ドラッグストアのレジでお会計をしていた時のことです。
対応してくださった店員さんは推定二十代前半の女性でした。

彼女のレジ打ちは非常に素早かったです。過剰ではない適度なスマイル。マニュアルで言うべしと定められているのであろう、例のポイントとかクーポンの説明のくだりは最低限にサラッとしていて、それでいて要旨は完全に押さえておられました。とにかく言動のひとつひとつが的確で、感じよく、速い。かと言ってこちらの動作を急かす雰囲気は微塵もないんです。私の後ろに長蛇の列が出来ているにも関わらず、ノロノロと鈍くさい私の支払いムーヴも、フラットな感じで待っていてくれる。私は(精一杯急いでも遅めでごめんなさい)な支払いを終え、丁寧な手つきで差し出された商品を受け取りながら、ありがたいなぁ。ありがとうねぇ。と心でしみじみ思っていました。

その時、突然背後からその素敵な店員さんに向けているであろうデカイ声がしました。

「んじゃっスミレ子(仮名)また!忙しそうだからもう出るわ!さっきのヤツみんなと食べてね!今日もナイススマイル!ウイッスウイッス!」

ゑ・・・・・・・・・・・・・・・

視界の端で声の主を捕らえたところ、なんかいかにも近所からやって来て常連なんだろうなって感じのいで立ちをした、オヂさんでした。

さっきまであんなにスーパー店員さんだったスミレ子(仮)さんの笑顔が、目に見えて曇りました。今にも舌打ちが出んとするお顔になっちゃった。私も、あちゃぁこれは、と思い、思わずスミレ子(仮)さんに「お可哀想に…」の目線を送っていました。スミレ子(仮)さんも「お分かりいただけますか…」の目線で応えてくださったように思っています、妄想かもしれんけど。この目線のやり取りは数秒のことで、後のお客さんが控えていたのでサササと立ち去りました。

帰り路、いやぁ・・・・・・・・・・・・・って考えました。

スミレ子(仮)さんはドラッグストアの店員さんなわけで。
ドラッグストアの店員さんは、人々から値踏みされたり、値踏みの結果として高評価されたりするのは、仕事じゃないじゃないですか(当たり前かな)。
高評価された結果、差し入れの菓子を渡されるのも仕事じゃないし。
勤務先の近所に住んでるというだけの中年男性から下の名前を聞き出され、あまつさえ呼び捨てにされるのも仕事じゃないし。

オヂさんいわく「スミレ子が忙しそうだから出るわ」とのことでしたが、「出るわ」って何だ?ドラッグストアで買い物終えて帰る動作のこと「出る」って何なんだ?独特すぎん?んで、スミレ子が忙しくさえなければ自分と会話するのが当然とでも思ってそうな言い方してるけど。「忙しくなければオヂさんと世間話する」なんてのも、ドラッグストアの店員さんのお仕事とは違うじゃないですか・・・。

もちろん、何もかもそうやって「それ業務内容じゃないんで」とツーンとシャットダウンするのがいいことだとは思ってないんです。ある程度、人と人との交流というのか。店員とお客様の枠組みを超えたおしゃべりをすることも、それがきっかけで仲良しになることも、時には素敵じゃないか、とは思いますけど。

でもそれがオッケーなのって、互いがそれを望んだ場合だけじゃないかと愚考するわけです。

その時のオヂさんのアレはソレとはまた違うっていうか。はっきり言って、スミレ子(仮)さんへの下世話な関心が根底にあるのが分かっちゃって。下世話を「常連客」とか、「近所のなじみ」とか、「若い方の勤労をねぎらいたい」とかにコーティングしてそうなのが、余計にタチ悪いっていうか・・・。

だからスミレ子(仮)さん自身も、苦虫噛み潰し顔でオヂさんの挨拶を聞いてたと思うし・・・。妄想かもしれんけど、妄想じゃなかったことを前提に書き進めてますけど。

彼女のドラッグストアの店員さんとしてのスキルがめちゃめちゃ高いってことは、ほんの数分接客してもらっただけの私にもすぐに分かるぐらいでした。そうなるまでにはきっと、よ~さんお仕事頑張ったことでしょうに。せっかく本来のお仕事をちゃんと頑張ってる人が、そういうことで嫌な思いをしている場面を見るのは、なんか心苦しかった。

たまたま見かけた一瞬の出来事で、自分の与り知らぬよそ様の内面にこんなに勝手に思いを馳せてしまうのは、自分と重ねてしまっているからです。色々、似た類の経験をしたのを、思い出してしまって。

アルバイトしてた頃。近所のオヂさんがバイトメンバーの「かわいいランキング」を作っていて、私に向かって「君はそのランキングで〇位だ」と、「だからさぞ嬉しかろう」と、告げてきたことがあったり。連絡先を聞かれて教えなかったら全然違うことでクレームを入れられたり。家までついてこられたり。延々と話しかけられ続けて面倒ながら対応していたら、そのオヂさんの奥様からヘイト向けられたり。酔っぱらいの集団が店前に押し寄せてきて「あの店員が俺のオキニ」と指さされ大騒ぎされたり。真剣な嫌悪感で誰かに相談しても、「モテるから仕方ないね(いいわね)」で片づけられる場合がほとんどで、違う。そうじゃない。と食い下がれば、遠回しのモテ自慢を続けたい人みたいに思われていくという。

看板娘、なんて言葉があるぐらいで、そういうのって本来の仕事と不可分なまま、あやふやなまま、扱われてきたものなんでしょうけれど。

せめてそれについて、された側が「嬉しいことのように捉えてしかるべき」とか「上手にあしらうべき」っていう強制だけは解除されないかなぁ。

推され=嬉しい♡が常に成り立つのは、基本、推されを仕事にしている人だけ。そうじゃない人の中には、本来の仕事に関わりない内容で推されたくない人だっている、はず。少なくとも私はそうで。それでも推されなきゃならないなら、その分に賃金くれんかって話です。正しい推し活をなさる方は推しにちゃんとバリバリにお支払いをしているものです。

だから。推される仕事じゃない人を推さない方がよくない?

今後もしあの店員さんに対応していただくことがあったら、今まで以上に礼儀正しくお礼を言いたいと思います。これも一種の推しづくりになるかもしれないけど。お相手を店員さんというお役目の範疇の中で、全力で推すことはよいものとして、そうしようと思います。

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