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writtenafterwards“After All”に寄せて

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Fashion Show “After All”
Saturday 11.9.2019

あなたが呼び間違えたのは、きっと私の名前が変わってしまったからでしょう。何だか長いような、面映ゆいような、聞いたことのない言葉が繰り返される。誰もが啜り泣いている。嗚咽はだんだん重なり合い、やがてうう、うう、と蠢く。

もしも怖がらせてしまったとしたら──あなたならそれは全くの間違いだと分かってくれるだろうけど──あるいは私とあなたが同じ単位で呼ばれることはもう二度とないんだった?よく思い出せない。とにかく私が言いたいのは、あなたが歩けない場所に立っているからといって私が変わってしまったと悲しまないでほしいってこと。

格子窓の奥、たっぷりとドレープが垂らされたカーテンの陰からあなたが水辺を覗いている。きちんと敷き詰められた格子模様は近くで見るとどこにも穴なんて空いていないように熱く大きく、遠くから見るとやっぱりどこにも穴なんて空いていないようにすうっと小さい。

風が冷たい。寒い?私はちっとも。微かに焦げた匂い。ああ、分かった、唸り声が恐ろしいんでしょう。まるで安達ヶ原の老婆のような、飢えた狼のような、忘れられた魔女のような声だから。だけど少女の反対って、ぜんたい、老婆なのかな、それだけが分からない、私、分からない。いつだって不格好だったから、いつだって泣いていたから、いつだって美しかったから、私には少女と老婆の見分けがつかない。どちらか一方がほんものなの、誰がそれを決めるの。

あなたが歩けない水の上を私たちは黙って進む。街灯がにせものの月のように輝き、水面に揺れる。ドレスの裾は土色に染まる。この色を汚れと呼ばなければならないのだろうか。ぼろぼろになるまで抱いたぬいぐるみと、子供の頃に着せられた綿入り半纏を思い出す。小さなたましい。水はとうとうと流れる。誰が私たちを二つにわけてしまったのだろう。

膨らんだ記憶はどれほどきつく縛っても紐をぷつんと切って飛び出す。柔らかいものが軽いとは限らない、知ってた?移動する、私たちは移動する。追われて。あるいは自ら望んで。泣きながら。幸福とともに。持っていけるものは全部持ってきた。だって何も置いていけない、そうでしょう。
大きな荷物をくくりつけた紐が擦り切れて掌が赤く滲む。血が愛おしいと初めて知る。私たちは小さく傷ついて、何も残さずに黙って去っていく。私たち、誰だった?いなくなってもなくならないと思いたい。思いたい。

濡れた足が無数の跡を残す。引き摺るように撒かれた水はすぐに蒸発してしまうだろう。全ての、全ての後には滑らかな石畳だけが残るでしょう。格子模様にきちんと整えられた、石畳だけが。


writtenafterwards 2020SS

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