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と~っても大人のコ・ラ・ム。うっふ~ん♪

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「あんた、わたしのおすす(お寿司)食べた?」

とても印象に残っている、愛すべき患者さんを紹介してみよう。 私が初めて認知症患者さんたちと接するきっかけになった、介護老人保健施設に入所しておられた。Iさんの話をしてみよう。 Iさんは、これでもかーーー!というぐらい腰が曲がった88才の淑女である。そんなに腰が曲がっているのに、杖も用いず、いつも独歩で施設の中を縦横無尽に歩いておられた。 歩いている目的はただ一つ、彼女は自分の「おすす(お寿司)」を昼夜問わず探し回っているのだった。もちろん。実際にはお寿司なんてどこにも存

「BPSD(行動・心理症状)」

「異食行為」のエピソード(かじかじ君)がそこそこ反響があったので、あなたの知らない。「BPSD(行動・心理症状)」の世界を少し書いてみよう。 BPSDは(Behavioral and psychological symptoms of dementia)の略で、日本語訳では「認知症の行動・心理症状」と言います。 以前は「問題行動」と言われることが多かったのですが、誰に対して問題なのか?という議論が巻き起こり、「行動心理症状(BPSD)」と名前が変更されたのです。 医療

中はダメ~。お願いだから外に外に出して~。

今現在30代、40代の方は介護や介護施設なんて自分には無関係の遠い未来のお話だと思っているだろう。しかーし。40代50代で施設に入ってこられる入所者は後を絶たない。明日、自分の身に降りかかってくるかもしれない、ほんの少し先のあなたの未来のお話なのです。 介護施設と言うところは、「姥捨て山」と揶揄されるようにまさしく、人生の墓場である。家で面倒を見たくないまたは、みることができない子供たちが我先にと親を捨てに来る場所。 または、家でそっとくらしていたら、突然見ず知らずの人が

信心

印象に残っている患者さんシリーズで書いてみよう。 94歳のお誕生日を迎えたばかりの〇〇さん。両足は全く動かず寝たきり状態を強いられて、はや6年。両目も見えず足も動かない状態で6年間入院生活を続けておられる。 そんな彼女が言うには「先生、私はずっと若いころから信心をしてきたが、こんなに何にもできなくなって、ただの厄介者になってしまって、それでもお迎えが来てくれない。やっぱり、信心がまだ足りないって事かね〜」悲しみと落胆をないまぜにした顔で、視線を空に投げる彼女に返す言葉が見

愛の逃避行。

みなさん「愛とは、んぞや?」と一度は哲学してみたことがると思う。私も愛の伝道者として日々「愛」について悩んでいる。そんな私が今までに出会った愛のひとかけらを紹介してみよう。 と言う訳で今日は絹江(仮名)さんの話でもしてみよう。 絹江さんは仮面様顔貌(表情がなくいつも同じ顔をしている症状)で、うつろな瞳をして何するわけでもなく、一日中廊下を歩き回っているのでした。 絹江さんは認知症検査をしても完全無欠の認知症だった。絹江さんはほとんどしゃべらない。声をほとんど聞いたことがな

おばさん大喜利!!

かじかじ君

今日は、かじかじ君のお話を書いてみよう。 かじかじ君は脳梗塞で半身まひの80代ダンディー紳士でございます。 かじかじ君は一日中車いすに座らされていました。 暇で暇でしょうがなかったのでしょう。ちょっと、魔が差したのかもしれません。テーブルの上に置いてあった色鉛筆を一口かじってみたのでした。 なーーんてことでしょう。 (ビフォーアフターのサザエさん風に読んで下さい) かじかじ。かじかじ。かじかじ。 色鉛筆は瞬殺でかじかじ君の胃袋の中に納まったのでした。 一本二本なら色

無敵のそるじゃ~

先の大戦の勇者たち列伝を書いてみよう。 先の大戦。言わずとして大東亜戦争である。大東亜戦争で輝かしい戦歴を誇るお歴々たちのお話である。 3人のそるぢゃーがおられた。 一人は階級が何と中尉殿である。下手したら、東京裁判で裁かれていたかもしれない戦人(いくさびと)である。一人は軍曹殿、一人は完全無欠の二等兵さまである。 みなさん平成に入り、80を越した立派な年齢となっておられました。 軍曹殿はちょっとした大きな会社の会長さんです。戦争が終わり焼け野原だった日本の復興に尽力