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おはよう、ミッドナイト

 吸血鬼にとって最も忌まわしきデイブレイクから早ニ十年、生き残った人類を乗せた移動大陸グリーンランドは今日も太陽を追いかけ、昼の中を泳いでいる。人類救済の方舟はいつも光をその全身に湛えているのだ。
 
 吸血鬼に残された道は二つ。方舟の外の人々を喰らい尽くし、いずれカラッカラの干物になるか、または人類に恭順し見世物としてあるいは憎悪の対象として生かされるかだ。

 無論、俺は後者を選んだ。

 偉大なるドラキュラ伯爵の孫請けの孫請けのそのまた孫請けあたりの吸血鬼の手で変化した俺には吸血鬼の誇りなんてものはさらさら無い。そもそも高潔な雰囲気に憧れて吸血鬼に成ったのに下っ端吸血鬼集団のモラルはゴミだった。血を吸いまくって無駄に殺すし、後先考えずに吸血鬼増やしまくるしで滅んで当然の種族だったなあれは。
 
 吸血鬼になって良かったことと言えば老けるのが遅くなったことと、目が良くなって星が良く見えるようになった事くらいか。本も読めて生命の安全も確保されたこの生活だが、少しばかり真夜中が恋しくなってくる。出来ればもう一度だけ星がみたい。紙に書かれた星図なんかじゃなく本当の星を。

 いつも通り本を読んでいると、面会のベルが鳴る。どうせ底辺労働者あたりが鬱憤晴らしにでも来たのだ。無論俺に面会の拒否権はない。適当にへりくだって、さっさと帰ってもらうとするか。

 銀のフェンス越しに行われる面会は、中央からの許可も不要だし撮影もされていない。完全に舐められているが最早気にもならない。向かい側の椅子に座るのはまだ若い…男か?フードのせいで上手く識別は出来ないが少なくとも底辺労働者というなりでは無い。「待ってくれ、人生相談だったりは他所で頼むぜ。ここは適当に、」「これはあなたにしか頼めないんです。」面会人の語気は鋭い。「どうか、私に夜空を見せてください、母が懐かしがっていた夜空を。」俺は彼の瞳にキラキラと輝く星をみた気がした。

【続く】

photo by Todd Diemer

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