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『ラークシャサの家系』第12話

◇「上野村の道人さま」

 武蔵ダイカスト工業の現場は3直2交代の操業。各班が4日出勤して2日休む。それを3班で巧みにずらしながらシフトを組む。そうすると現場は休みなく連続操業となるが、働いている人たちは、ちゃんと2日休めるという訳だ。昼勤と夜勤の間は無人になってしまうが、そこは残業で対応したり、自動運転で対応したりしている。とても合理的なやり方だ。こんな仕組みになっているなんて、実際に工場に勤務しないとわからない。

 やはり山崎正の線で調べたほうが良いのか?
 上野英、斉藤和也から、もう一度洗ったほうが良いのか?
 うーん、なんだか刑事ものみたいな展開になってきた。

 鴛海、茂木兄妹は、武蔵ダイカスト工業のお仕事中。明子ちゃんも、実習の一環で現場で奮闘中。この俺はといえば・・・鴛海が言ったように、本当に仕事らしい仕事がない。パソコン渡されても使えないし、スマホもオレにとってはただの電話。

「暇だ・・・」

”キダさん、キダさん、外線6番です、キダさん、外線6番です”
「ほーい!6番ね。はい、はい、お待たせしました!キダです。」
「七瀬です。」
「おぉ・・・あんたか・・・なに?仕事?!」
「今日は態度が違いますね。お暇なんですか? ご期待通りお仕事の話です。山崎正の行方が分かりました。」
「その線で行くかっ?」
「どの線なのか理解しかねますが、その線です。では本日、午後一に会社へ出向きますので、明子ちゃんと一緒にお待ちください。少し打ち合わせをした後に出かけます。」
「明子ちゃんへは言ったほうが良い?」
「先ほど指宿社長へお話しておきましたので大丈夫かと。それではよろしくお願いいたします。」
「ほい。」

 あいかわらずものの言い方に可愛げがない。それに加えて今日はテンションを抑え気味。昨日のように、寝坊した七瀬のほうが、人間味があって好きだけどな。
 ん?人間味があって好き?食料として?なんだこの感じ?人間は基本的に食べるつもりはないのだが・・・

「・・・ということです。山崎正はすでに死亡しています。」

 七瀬が言うには、数日前、埼玉県から群馬県を通って長野県へ抜ける国道299号線近くの林の中で、”見たこともないような状態”の生き物の遺体らしきものが見つかったらしい。それは遺体と呼べるようなものではなく、焼肉屋で見る、骨付きカルビのような状態だったそうだ。DNA鑑定や骨鑑定などを組み合わせることで、昨日、ようやく、それらが元人間で、山崎正であったことが確認された。
 県が3県に跨いだことで、各県警同士が牽制しあい初動が遅れてしまったらしく、結局、内閣府が公安をけしかけることで捜査の方向性がまとまったらしい。さらに事件現場と思わしき場所が長野県であったことも影響した、ふだんから、そんなに凶悪な事件が起きるような県ではないため、判断を見誤った。

 さすがに井村明子の能力も、ここから100kmちかく離れた場所へは及ばないようで、この件に関する一連の鬼の動きについては、掴んでいなかったようだった。

「明子ちゃん、あの事件以降、この事件に関わっているアチュートの動きってあった?というか何か感じた?」
「はい、キダさん。そこなんです。私の生活圏からは、あの鬼たち、アチュートの気配がなくて・・・そもそもあの数日だけなんです。」
「そこでこれ。ちょっと見て欲しいんですけど。」
 七瀬が、少しレトロなデザインの冊子を差し出した。
「”週刊上野元気村”?」
 七瀬は、とうとう田舎暮らしでも始めるのか?

 ”週刊上野元気村”
 村民同士のコミュニケーションを促すため、今から30年ほど前から発行されるミニコミ誌。当時は週刊であったが、今では編集者や村民の高齢化によって不定期発行となっている。ただし、現在でも、その記事の鮮度は高く、かつ害獣や自然災害に関する予測情報など、生活に有益な情報も多いため、多くの村民が毎号の発行を楽しみにしている。

「ここの、この欄。今年の害獣情報ってありますよね?」
 七瀬があるページを開いて見せる。
「なんだって?”木村さんの椎茸被害”?ずいぶんローカルな記事だな。被害報告って言ってもずっとゼロが続いてるじゃないか!これじゃ、わざわざ記事にするような・・・あっ!でも、少し前はずいぶんと被害が多いな。」
「そうなんです。それと、キダさん、明子ちゃん、この記事見てもらっていいですか?」
「道人さま? ”道人さま報告”?」
「七瀬さん、この記事はいったい何を?」
「えぇ・・・私たちのような余所者にはさっぱりわからないんですが、ただ、これを見る限り”道人さま”は、しばらく行方不明になっていたようなんです。」
「で、道人さまって何なんだよ?」
「そのあたりは、あえて書いていないようなんですけど、村民は、それが何かわかっているような書き方なんです。」
「いまいちよくわからないけど、どうもこの”道人さま”っていうのが臭いな。」
「そう、それで今から・・・」
「今から出かけるというのは、この上野村ってことですね?七瀬さん」
「えぇ、明子ちゃん、その通り。で、キダさん運転お願いしますね。私の推理は車の中でお話しします。」
 オレたちは、七瀬の発案で、群馬県多野郡上野村へ向かうことになった。

「それでは、上野村役場へお願いします。キダさん」
「ヘイ!アーク。群馬県多野郡上野村役場までルート検索だ!」
”検索します・・・”
”有料道路なしで1時間52分です。”
”有料道路なしでよろしいでしょうか?”
「いい?」
「・・・はい・・・」
「じゃそれで。」
”了解です それでは案内を開始します”
「へーい! じゃ、いつものようによろしく!」
”がってんっ!”
アークよ、いつも思うが、いつどこで覚える。そのセリフを・・・

 国道17号線から国道462号に入り、神流川に沿って、ひたすら上野村へ走った。気づくと国道299号線を走っていた。
 七瀬が言うには、村民から道人さまと呼ばれるモノが、2匹のアチュートで、その道人さまは、最近、しばらくの間、行方不明だったらしい。道人さまが留守の間、イノシシやタヌキが好き放題していたようで、村の特産である椎茸を相当食い荒らしていたとのことだ。
 ところが数日前より、道人さまがまた姿を現したため、その日を境に椎茸の害獣被害が減った、ということだ。
 道人さまが行方不明の間と、寄居での惨劇は概ね時期が合うし、なによりも井村明子の索敵結果とも一致する。
 それ以上に、上野村へ近づくにしたがい、我々の金棒的高性能レーダーである井村明子の口数が、極端に少なくなっていることが一番の証拠だ。彼女のレーダーは、すでに2匹のアチュートを捉えていた。

”まもなく上野村役場です”

 2時間ほどで目的の上野村役場へ着いた。すでにずいぶんと日が傾いてきており、何か独特の空気が漂っていた。

 車を停めてドアを開けようとした瞬間、井村明子がつぶやいた。
「近くにいる。すごく近い。」


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◇第13話へつづく

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