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『愚かな連中』

 いつだったか、晩御飯の時にトンカツを頬張りながら妻が愚痴っていた。なんでも、ワクチン接種の問診票を、フリクションと言うペンで書いていったようで、窓口で若い看護師に指摘されたらしい。フリクションと言うペンは消すことができるので、公的な書類には不適と言うことが理由だそうだ。本人曰く、家の中にあるボールペンで、どれがフリクションでどれがフリクションではないか区別がつかないし、消せるボールペンで書くなとの注意書きもないのだから、そんなことは想定できるだろうと言うことらしい。しかも、その看護師の言い方が少しキツメだったらしく「なぜ?あんな言われかたを!」と憤慨気味だった。
 傍から聞いていると間違っているのは明らかに妻のほうなのだから、素直に認めて「あらあらごめんなさいね」とか「あら気がつかなかったわ、ごめんなさい」と謝ってしまえば良いのにと思ったが、そんなことを言うとまた火に油を注ぐことになる。ただ、わが妻もなんて身勝手な女になってしまったんだろうと少し哀れにも感じた。

 まったく愚かだ・・・

 別の日。大手半導体メーカーに勤める息子がぼやいていた。会社の食堂、いわゆる社食を舞台に起きた事件らしいのだが、ある社員の注文した日替わり定食のアジフライがたまたま一枚少なくて、ランチタイムの食堂で大騒ぎになったらしい。その社員は食堂の責任者である子会社の社員に土下座をしろと迫ったようだったが、たまたま居合わせた会社の役員が「まぁまぁ」と間に入ってその場では事なきを得たらしい。ただし、その社員の怒りは収まらず、後日、SNSにこのことを投稿してしまい、さらに大事になったということだ。
 アジフライが一枚足りなかったというのはいけないが、そんなに大騒ぎするようなことではないと思う。ただ、その社員にとって、社食の日替わり定食がとても楽しみで、何にも代えがたい時間であったのかもしれないと考えると、その気持ちは分からないでもないようには感じるが、やっぱりそこまで怒るようなことでもないと思う。アジフライが一枚少なかったという事実をどんな形で知ることになったのかにもよるが、私だったらまぁ運が悪かったかで済ませるところだろう。息子に聞くと、その社員は部下からの人望も厚く、”上司にしたいランキング” があったら、きっと上位にランクインするぐらいの人だったらしいが、この”アジフライ事件”で、その人望は地に落ちたということらしい。

 まったく愚かな話だ・・・

 こんなふうに人々は状況によってその性格や言動が変化し、とても愚かな判断を選択しがちだ。この理由はおそらく、プライドだとかエゴだとか、他の動物には存在しない人間だけが持つ「感情」という「なにか」が作用するのだろう。そのため私は、この「感情」というものに左右されて人間としての威厳を損ねないよう、いつも謙虚で素直をモットーに生きてきた。なぜ他の人たちはこんな簡単なことができないのであろうか? 間違えたら「ごめんなさい」、なにかしてもらったら「ありがとう」・・・こんな簡単なことなのに・・・

 まったく愚かな連中が増えてしまったものだ・・・

 おっとそんなことを考えていたら、電車に乗り遅れてしまいそうだ。いかんいかん。8時37分の高崎線、籠原行きの電車に乗らないと久しぶりの集まりに遅れてしまう。今日からようやく色々な規制が無くなったんだから遅刻はまずい。急がないとな・・・


「おいっ、おっさん。エスカレーター歩くなよ。なんか今日から義務化されたらしいからさ。いい歳してんだからちゃんとルール守れよ。」

 見ると両手両足に入れ墨をした金髪にサングラスの男、おそらく20代ぐらいの若者が私に注意をしている。何だこの無礼な若者は、禄すっぽ働いていないようなお前のような男が、お国のために長年勤めあげてきたこの私になにを言っているんだ。そんなことぐらいわかっている。だがその私がそれほど急いでいるということがわからんのか、この馬鹿野郎は。きっと不良のような恰好をしていれば年寄りは大人しく聞くと思っているのだろう。

「お前は誰に何を言っているのかわかっているのか?この馬鹿野郎がっ!」


 まったく愚かな連中ばかりだ・・・



おわり

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