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『ラークシャサの家系』第9話

◇「バラモンのラークシャサ」

 ”バラモン”。最高階級のラークシャサ。その個体数は極端に少ないと言われている。オレだって実物を見たのは初めてだ。

 オレたちクシャトリヤは、どちらかと言うと体力重視の鬼なのだが、バラモンは、身体能力こそヴァイシャ並みであるが、魔法のような特殊な呪文を使う。そしてその呪文の攻撃力は、オレたちの戦闘力をはるかに凌ぐ。また、バラモンのもう一つの特徴は、未来を予見する力だ。一般的には占いに近いレベルと聞いているが、中にはとんでもない的中率の者もいるらしく、多くの人命が、この予言に救われたらしい。いずれにしてもバラモンは、攻撃力の高い呪文を操り、未来を予言し、総じて知能が高い。そんなバラモンを、各時代の権力者が放っておくはずがなく、いつの時代にも裏の支配者として、権力者をサポートしていたと聞いている。井村明子の母、みどりも、そんなバラモンの仲間と考えると、まぁこの豪邸は妥当だろう。

 オレたちは、だだっ広い応接に案内された。映画とかで見たことのある、フランス王朝?のようなデザインの大きなテーブルと10脚ほどのイスが、部屋の中央に置かれ、壁という壁に、いかにも高そうな油絵が、豪勢な額縁と一緒に飾ってある。まるで外国のような装飾の部屋だ。

「井村さん、お見事としか言葉がございません。インテリア、絵画、いずれも十分な時代考証をされた上でのコーディネート。たいへん感服いたします。コーディネートにスキがございません。」
 珍しく七瀬が、子供のように目をキラキラさせている。こいつ、こんな下品な部屋が好きなんか?金持ちの美的感覚は理解できない。
「まぁ、実際に見てきたものばかりで、やはり、若い頃に慣れ親しんだ家具や調度品には、格別の愛着がございますゆえ。」
 実際に見てきたもの?若い頃に慣れ親しんだ?だと、井村の母はいったい何周目の鬼なんだ?
 オレたち鬼は、基本死ぬことがない。そのため、長く生きていると、自分の正しい年齢を忘れがちである。それでも、ざっくりと年齢を把握するために、100年で1周と言う習慣がある。そういうオレは、まだ1周目の鬼で、鬼の中ではフレッシュマンだ。経験することは、初体験のことが多く、その度に感動もあるが、もちろん失敗もある。井村の母は2周目か?それ以上?歴史やインテリアに詳しくないオレには、さっぱり想像ができない。
「七瀬参事官、この部屋の家具は、いったいいつの時代のものでしょうか?」
「キダさんっ!」
 七瀬が迷惑そうな顔をして、こちらを向いた。
「あら、キダさんは私の齢(よわい)にご興味が?」
「いやっそういう訳では。」
「よござんしょ。こちらの部屋にあるもの全て150年前に作られたもの。睦仁様より賜った大切なお品ばかり・・・キダさん、150年前と言うと年号は何かご存じですか?」
「えっと・・・」

”カチャ”

「明治時代よ。お母さまも、お客様相手に、年寄り自慢はやめてくれない?しゃべり方も少し変よ。」
 部屋の一番奥の扉が開いて、正解とともに井村明子が現れた。
「あら、私としたことが。キダさん、私は2周目。おそらくあなたの3倍は生きているわ。」
「はぁ、ありがとうございます。」
 オレはなにに感謝してんだ?
「ほほほほほ、面白い方。」
「で、七瀬さん、早く終わらせてしまいませんか?聞き取りとやらを。」
 明子の、ものの言いようや立ち振る舞いは、家の中では十分に母親似で、バラモン特有の威圧感すら感じる。

 学校で友達と言い争いになって、あの6人との合成写真を作ってSNSにアップしたというところまでは聞いた。その後、写真をSNSから削除した理由は、あの6人にバレたら何されるかわからないということだったが・・・
 オレたちは、彼女、井村明子の態度から、彼女が何かに怯え、何かを隠していると睨んでいた。

「えっと・・・七瀬さん、それと・・・」
「キダだ。」
「キダさん。今から全てお話します。おそらく七瀬さんたちは、私が合成写真について隠そうとしていたこと、そして、その時の私の態度に疑問を持ったんだと思います。あの時、お話しても良かったんですけど、一応、母との約束もあって、あと七瀬さんたちがお話しても良い人たちかもわかりませんでしたので・・・」

 井村明子の説明によると、事件との関係を調べられることで、自分が半鬼であることがバレてしまわないかと思ったこと、内閣府 大臣官房 総務課という部署が、どんなところか見当がつかなかったので、少し慎重な態度で接してしまったこと、そして、この事件には、2体の鬼が関わっており、実はそのことをわかっていたこと、その鬼たちはとても凶暴で、自分がそのことを知っているとわかったら、その鬼たちが自分を襲うのではないかと思ったこと、これらの心配事が、彼女の態度を強張らせ、そして疑問を抱かせるような態度になったということだった。このことを母親に相談したら、内閣府 大臣官房 総務課は、鬼を管理する部署だから、知っていることをちゃんと話し、事件を早期に解決することに協力したほうが良いとなり、この場が設けられることになった。
 みどりは、自分たちの種族と国との関係や、その歴史、鬼の種類など、明子が高校を卒業するタイミングで、ちゃんと説明するつもりだったようであるが、明子は明子で家の蔵にある古い書物を読み、鬼に関するある程度の知識は蓄えていたようだった。そういう意味では、今回のような機会は、彼女にとっても、内閣府と鬼の関わりを、正しく知る良い機会になったとも言えるだろう。

「明子ちゃん、みどりさん、ありがとうございます。明子ちゃん、ちゃんと話してくれて本当にありがとう。」
「ところで、明子さんは、鬼が関わっていることを知っていたと言っていたが、それはどういうこと?」
 オレには、いくつか納得のできないことがあった。

「それは私からお話ししましょう。いいわね、明子?」
「はい。」


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◇第10話へつづく

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