『ラークシャサの家系』第10話

◇「レーダー探知機」

 明子は知っていた。この事件に2体の鬼が関わっていることを、そして、その鬼たちがとても凶暴であることを。
 ”バラモン”である母親 みどりの能力、予言や予知のような能力を、単純に引き継いだとか・・・まぁ普通に考えると、そんな感じだろう。
 そもそも半鬼というもの自体が珍しく、その特徴に関しては、オレたちもよく知らない。

「先ほどお話ししましたように、明子は、バラモンの私と、人間の夫の半鬼です。まずは、半鬼の特徴からお話ししましょう。」
 みどりは明子に軽く目配せした後、ゆっくりと丁寧に語り始めた。
「通常、半鬼は、鬼の親から、身体的な優位性を引き継ぐことが多いと言われています。つまり人並外れた走力、跳躍力、腕力、場合によっては、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚といった五感である時もあり、その際、親の階級には、あまり左右されないとも言われております。また、半鬼は、どんなに詳細に検査をしても、医学的には人間の特徴しかございません。ですので、その多くは、人間として一生を終えます。」
「じゃ予知能力とかを、引き継ぐことはまずあり得ないということ?」
「そうね、キダさん。予知能力や呪文は、真のバラモンだけに与えられた特別な能力。半分人間の半鬼が簡単に引き継げるような能力ではございません。つまり半鬼である明子が、予知能力や呪文を使えるということは、まずあり得ないでしょう。」
「ということは、なぜ明子ちゃんは、鬼の存在、アチュート2体の存在を?」
「えぇ、それは・・・私も、過去に数体だけ耳にしたことのある能力、半鬼の中でも特殊な能力を持つ個体の話なのですが・・・鬼の行動を把握できる半鬼がいたと。つまり、五感の中でも、聴覚や嗅覚だけが、何らかの理由で極端に優れることとなり、それらがまるで探知機? センサーとでもいったほうが良いのかしら・・・そんな機器のように正確に働き、鬼から発せられる特殊な信号や、その個体が放つ匂い、そういったものから、個々の鬼の行動を把握できる半鬼がいたと・・・」
「それと同じような能力を明子ちゃんが?」
 みどりは続ける。
「えぇ・・・七瀬さん。明子はいつのころからか、鬼の行動を把握できるようになりました。例えば、母であるこの私が、広い井村家の敷地のどこに居るかとか、私が仕事から帰って来る刻がわかるとか・・・最初は、勘が良いぐらいにしか思っておりませんでしたが、私以外の鬼に対しても同様に、その居場所などを正確に言い当てるようになりました。そこで、私の部下たちに、明子の聴覚や嗅覚を検査させてみたのです。その結果、この子の聴覚、嗅覚は、私たちが思っていた以上に優れているということが確認できました。つまり明子は、先ほどお話ししたような、鬼の行動を把握できる半鬼ということで、以前より、この近くにいる3体の鬼についても、明子は把握しておりましたし、そしてあなた、キダさんが現れたことも、よく存じていました。」
「茂木兄妹と鴛海さんだけじゃなくて、オレまでロックオン済ってことか。と言うことは、事件の当日、その明子さんの聴覚と嗅覚は、どこかの段階で2体のアチュートを押さえていたという訳か?」
「えぇ・・・鬼の匂いだけでなく、あの6人が惨殺されるときの鬼の高ぶる心拍や、その時の動きも。明子のこの能力は、18歳を迎えた頃からどんどん冴えてきて、最近では、頭の中でその時の映像が見えると聞いております。」
 もともとは、この広い井村の敷地で、最愛の母親の居所を自分なりに探ろうとしたのだろう。それが皮肉にも、明子にこんな能力を開花させてしまった。人間にとっては便利なのか不便なのか、よくわからない能力だ。知らなくて良いことを知ってしまうだけでなく、その情報は鬼からの情報に限定される。人間にとってはあまりありがたくない能力だ。

「それで、あんなに怯えて・・・18歳の少女には、かなりきつい情景だったと思います。」
「七瀬さん、それであんな態度をとってしまいました。ごめんなさい。本当なら、七瀬さんたちに情報を提供しなければならなかったのに。ごめんなさい。」
「明子ちゃん・・・そんなに謝らなくても。」

 そうだ、井村明子が謝るようなことではない。本来なら被害者だ。まぁいずれにしても、井村明子は、今回の惨殺事件とは直接関係がないということがわかった。結局、この筋も”ふりだし”に戻るか・・・

 ん?鬼の居場所がわかる? 井村明子・・・こりゃ使えるな・・・

「明子さん。実はお・・・」
「キダさん、ごめんなさいね。七瀬さん、ちょっとよろしいかしら。明子のことで少しお願いがあります。七瀬さんに考えていただきたいことなんです。」
「なんでしょうか?お役に立てらるのであれば。」
「明子を、本捜査だけでよいので、皆さんの仲間に加えていただけないでしょうか?」
「はい?えっ?いいの?実はオ・・・」
「キダさん!勝手に決めないでください。こういった話は私たち内閣府 大臣官房 総務課マターです。一旦持ち帰って、上司含めしかるべきメンバーと相談をしたのち・・・」
「七瀬さん、一応、お願いとは申し上げはしましたけれども・・・この私、”バラモンのメツキ”からのお願いでございます。」

 一瞬、その場の空気が凍ったような、何とも言えない緊張感が漂った。オレは本能的にその場から逃げようとした。七瀬も”しまった”という表情を一瞬した後、喋りかけていた言葉をすぐに修正した。

「・・・そうですね。特にわたくし共で相談すべき案件ではございません。ましてやお断りするような理由もございませんので、上司のほうには私から説明させていただきます。みどりさん、ご協力ありがとうございます。」
「七瀬さん、ごめんなさい。お母さまっ!なんでそうやって・・・」
「明子、あなたは黙っていなさい。七瀬さん、わかっていただければいいんですよ。すみませんね。ご無理を言いまして。私も娘のことになると・・・ね?」
「それでキダさんでしたっけ?あなた、先ほど、何か言おうとしてませんでした?ね?キダさん?」
 ここは、あえて隠さずに言ったほうが良いかな?考え方は井村みどりと同じ訳なんだから。
「は、はい。お母さま。えっと・・・実は、明子さんも我々のメンバーに加わって欲しいと・・・まぁ、つまりお母さまが、おっしゃったことと同じで・・・」
「七瀬さん、御宅のクシャトリヤもこう言っていますから、明子は捜査へ参加するということで、あなた自身にも特に異論はございませんね?」
「はい・・・」


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◇第11話へつづく

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