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『ラークシャサの家系』第2話

◇「指宿と3人のヴァイシャ」

 今回のオレの勤め先、武蔵ダイカスト工業(株) 社員数36名、アルミ製自動車部品の製造販売、いわゆる典型的な中小企業っていうやつだ。主な取引先は自動車メーカーの「Tier 2」である。地理的な関係から、どうしてもH社系列に偏りがちだが、近郊にはN社やM社、S社向とかなり手広くやっている無系列系の「Tier 1」があり、時折そこからも注文がある。技術力はそこそこあるようだが、先代社長があまりにも技術にこだわり過ぎて、会社を傾かせてしまった。そこで政府系のファンドが入り、現社長の指宿(いぶすき)が送り込まれた。
 指宿の手腕は素晴らしく、たった3年で経営を立て直し、この工業団地の中ではトップクラスの収益率を稼ぎ出すまでになった。通常、自動車部品に携わる製造業の収益率は3~5%くらいが多いが、武蔵ダイカスト工業のそれは11%と高い。その理由は、徹底したコストの圧縮と聞いているが、正直そんな話を聞くと少し萎える。ゴリゴリの節約社長のもとでお仕事か・・・楽しくなさそうだ。


「それでは工場長の訓示を終わります。この後は入社手続きや場内でのルール説明について個別で行います。それでは10時15分まで休憩とします。」
ふう、とりあえず入社の儀式は終わった。昔からこの手の儀式は変わらない。つまらん。時間の無駄。なぜ日本人はこの儀式を有益と思い、いまだに続けているのだろうか?聞くと、ほとんどの人間はこの儀式を無意味と答えるが、だからといってやめる気配は全く感じられない。不思議だ。
「あっ、キダさんですね?お昼休みに、社長からお話があるということで、社長室へお願いしますね。お昼ご飯も社長室に用意しますので、社長と一緒にどうぞ」
「はぁ、わかりましたけど・・・」
「どうやらあなたは社長に気に入られたようですね。気に入った人がいると、時々こんな対応をとられます。でもだいたいそんな人は、3年ほどで会社辞めちゃうんですよ。社長、あんまり人を見る目がないみたいで・・・あっ失礼、失礼・・・」
何だこいつは。総務部長のくせに人間ができてないな。幻覚見せて廃人にするぞ!

・・・・・・ダメダメ・・・大人しく目立たないようにだった・・・

”キーンコロン、キーンコロン、キーン・・・”
お昼か、
「それではキダさん、社長室へどうぞ。」
「はいはい」
ガチャ・・・
「失礼します。キダ入ります。」
「どうぞ、そちらにお掛けください。」
「キダと言います。」
「はい、知っています。ランチタイムは人間といると面倒くさいでしょ?」
「えっ? なんだって?」
「そもそも食べるものが違うんだ、あなたたちは。そうだね?」
「はい、そうですけど・・・・・・っ!・・・内閣府の人間か?」
「今日は私の奢りです。これを楽しんでください。」
落としたての牛肉だ。まだ体温を感じられそうな、あたたかい血液からなんともおいしそうな香りがする。人間どもはこれを数日置いて、熟成させると美味いと言っているが、腐らせて何が美味いものか?
最近バタバタして、ろくに食べていなかったこともあり、オレは夢中になって、この血の滴り落ちる新鮮な牛肉を楽しんだ。

「キダさん、そろそろよろしいですか?」
「あぁ、すみません。どうぞ。」
「今回の”私たち”の役目は、カモフラージュ以外に、あなた”クシャトリヤ”への物理的、電子的サポートです。」

 クシャトリヤというのは、オレのように生殖機能がなく戦闘に特化した鬼のことで、鬼の中では上から2番目の階級になる。

「あぁ、まぁだいたい予想はついてた。よろしくな、おっさん。ん?・・・いま”たち”と言ったか?」
「お、おっさん? 会社では、指宿さんか社長と呼ぶようにしてください。それと敬語も!」
「あぁ、はいはい・・・」
「あと、そう”私たち”と言いました。この会社にはあなた以外にラークシャサが3名います。ただしクシャトリヤは、あなただけで、あとはヴァイシャです。その3名も、あなたをサポートします。」
「そうなんだ。了解。」

 ”ヴァイシャ”は、いわゆる普通の庶民?かな? 一番個体数の多い階級でオレよりも下の階級にあたる。まぁ、これと言った特徴はなく、強いて言えば、どの機能もまんべんなく持ち合わせたバランスの良い鬼だな。個人的な印象は、最も人間に近い鬼といったところか。鬼は生まれながらにして、社会での役割が決まっていて、その役割に応じた階級がある。

「今、呼んでありますので紹介させてください。」

”コンコン・・・”
「おぉ、ちょうど良かった。入ってください。」
「失礼します。」
実年齢はよくわからんが、ずいぶん真面目そうなお兄さん2人と、ちょっと眼付きのヤバ目なお姉さん1人が入ってきた。
「こちらから・・・鴛海さん、彼はコンピューター関係のプロです。」
「鴛海です。よろしくお願いします。」
「あぁ・・・」
「で、茂木さん、彼は、機械、電気、何でも来いの設備屋さんです。」
「茂木です。”もぎ”ではなくて”もてぎ”です。」
「はい、もてぎさんね。」
「それでこちらの紅一点は、茂木さんの妹で紗々(さしゃ)さん。材料のエキスパートです。」
「あっ・・・紗々です・・・」
「あぁよろしく。」

「一応、私含めたこの4人で、キダさんをサポートします。このことは七瀬参事官も知っています。」
「ふーん、了解。」
「それでは親睦会は日を改めて・・・ね? キダさん。」
「・・・マジ?親睦会やるの?」

「ところで、どうですか?埼玉は。といってもかなり田舎ですけど。私も赴任した時に驚きましたよ。ずっと霞が関に勤務していましたし、住まいも新宿でしたのでね。」

「まぁ悪くない。市役所ではちょっと時間がかかったけど・・・」


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◇第3話へつづく

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