『テンシンシエン!』第54話

◆「ベテランケイリマン?」

「沢村さん、私のこと覚えていませんか?」

「えっ?」

 いや・・・えっ?以前どこかで会ってる?いや全く記憶にないけど・・・

「今泉さん、ご冗談を・・・」


「沢村健、前職は誰もが知っているあの超有名企業の新事業創生センター、センター長・・・新事業創生センター自体もあなたの発案による新組織だ。今から約10年ほど前、前社長からのオファーを受け中途入社。以後、事業創生のスキルとキャリアを武器に、多くの新事業を立ち上げてきた。あなたの立ち上げたいくつかの新事業は、会社を更に躍進させ、様々なビジネス雑誌でその特集が組まれていました。その際、あなたは、新事業を起こす度、事業を拡大する度に、たくさんの人を採用する側で見てきましたね・・・」
「はい・・・それが?・・・あっ・・・では山泉さんは、以前、私の関係する求人に応募されたとか?ですか?」
「そうです。」
「そうですか・・・では結果、不採用・・・だった・・・と・・・」
「そうです。今から8年ほど前です。覚えておられますか?」
「8年?8年ほど前・・・8年ほど前と言うと・・・そうか・・・ちょうど機械設計用のCAEソリューションセンターを企画して、立ち上げたときか・・・」
「その時、経理担当の求人を出したこと・・・覚えていませんか?」
「経理?・・・そうですね・・・求人を出したかもしれませんね・・・」

「もともと私は経理畑出身で、ちょど8年前、当時勤めていた会社を早期退職で辞めたばかりでした。」
「へぇ・・・山泉さんも早期退職、つまり転進支援組だったのですね?」
「はい・・・当時の私は、すでに50代後半。役職は課長代理。定年間際の駆け込み昇進で、かろうじて管理職に片足を突っ込んだ程度の人材で・・・つまり私は、あなたの言う ”イケてないおじさんサラリーマン” だったのです・・・」
「はぁ・・・」
「ちょうどその頃は、私の職場にも、新しい経理システムが、どんどん導入されていた時期で、私のような経理一本で生きてきた人間には、最新鋭のシステムなど使えるはずもなく・・・経理の知識やスキルなんかより、どれだけパソコンやインターネットが詳しいかで評価されて・・・私自身は、他にできる仕事なんかなくてですね・・・会社としては格好の転進支援対象だったのですよ。」
「そうですか・・・」

 すこしずつだが、当時のことを思い出してきた。


 CAEソリューションセンターを立ち上げるに際し、最大の課題は、複雑な経費管理であった。私自身は最新の経費管理システムを導入し、合理かつ効率的に進めようと計画したのだが、最初から大掛かりな経理システムを導入するよりも、ベテラン経理マンを中途で採用するほうが良いと、頑としてその考えを譲らない古参役員がいた。結局、その役員の意向に従い、ベテラン経理マンを中途採用することになったのだが・・・実際に運用経費を計算をしてみると、短期的に見てもシステムの導入にメリットがあるとわかった。さらに、当時の社内経理部門でも、その複雑な経費管理は無理とわかり、早々にシステムを導入するべきとなった・・・それで出していた求人を慌てて取り下げることになったのだが・・・そう言えば、何人か応募してきていたな・・・その中の一人が山泉さんだったということか・・・
でもそれが今回のことと何か関係があるのか?


「当時の私は、すでに80社以上の求人に応募していたのですが、どこの会社も新しい経理システムの導入で盛り上がっている最中です、ベテラン経理マンを欲しいというような奇特な会社なんてある訳なくて・・・どれも書類選考で不合格となっていました。そんな中での超一流企業からのベテラン経理マンの求人です。私は天にも昇る気持ちでした。あの世界的に有名な会社がベテラン経理マンを必要としている!と・・・これは絶対ものにしてやろうと・・・年甲斐もなく張り切っていましたよ。世の中では、古いタイプの経理マンがどんどん職を失っているのに、ベテラン経理マンを探しているだなんて・・・さすが超一流企業、目の付け所が違うと勝手に感心していました。ですが・・・結果は・・・」
「えぇ・・・思い出しました。求人中止の理由として経理管理システムの導入と記載し、応募者の方々へ連絡をしました・・・・ですが、そのことが何か?・・・」
「・・・」
「山泉さん!」

「その・・・その連絡をきっかけに、私の人生は・・・」


■第55話へつづく


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