見出し画像

『ラークシャサの家系』第8話

◇「井村家」

 桜区10丁目から中央区大戸6丁目の上野が住むアパートまでは、直線距離で500mほど、車では1分とかからない距離だった。七瀬に、なぜ斉藤に上野との関係を確認しなかったのか?と聞いたが、それだから素人なんですよ、と鼻で笑われた。
 七瀬が言うには、あひるっ子トレーナーに応募するぐらいの熱心なファンで、しかも近所に住んでいて、そんな環境でお互いを知らないはずがない。逆に上野の名前を出せば、変に警戒させて捜査に支障が出るだろうと、それでなくとも、おそらく斉藤から上野へは、もうすでに連絡が言っていると想定したほうが良いと・・・若いのにさすが七瀬家当主、さすがだよ。こいつの旦那になる奴の顔が見てみたい。

「なんですか?さっきからジロジロ見て!」
「いや、何でもない。」

 上野英、こいつには前科がない。先ほどの斉藤同じく、おそらくアチュートではないだろう。鴛海に調べてもらったところ、近くの大学の工学部に通う学生のようだ。大学の学部紹介で、彼の記事があったそうだ。その記事の掲載時期と内容から上野は今年で21歳。もう立派な大人だ。あひる坂とか、何とか坂とか夢中になるのは良いけど、ちゃんと勉強してるのか?と思わさせられる。以前にも、大学生に関わったことがあるが、最近の学生は・・・と年より臭いことを・・・

「キダさん?なにぼーっとしてるんですか?上野に関するレポート、読み終わりましたか?」
「あ、あぁ。ごめん。行こうか。」
「はい、では。」

”ガチャ、バーーン”
 だから、そんなに強く閉めなくても・・・君がいつも乗っているメルセデスとは、ドアの重さが違いますから・・・

”ガチャ、バン・・・”

”ピンポ~ン!ピンポ~ン!”
”ピンポ~ン!ピンポ~ン!”

”ガチャ・・カチャ、ザ・ザ・・・”

「はい・・・上野です。」
「上野さんですか?えっと、わたくし、あひるプロダクションの方から来たものですが、少しですね、あひる坂46のファン代表としてお話を・・・」
「警察の人でしょ?さっき斉藤先輩から連絡がありました。」
 それならそれで話が早い。
「開けてくれないか?話が聞きたい。オレは県警のキダというものだ。」

”ガチャ、ドン!”
 現れた男は、特徴が見つけづらい、色白のやや肉付きの良い黒縁メガネ。男というより男の子と言ったほうが合っているかもしれない。
「あひるっ子トレーナーのことですよね?ぼくも山崎さんたちに取られました。状況は斉藤先輩と同じです。」
「同じってどう同じなんだ?」
「えっ、えっと、春の限定ライブの物販で、買ってすぐに先輩と一緒にいるところで取られました。」
「山崎正に?」
 七瀬が食い気味に聞いた。
「はい。そうです。」
「斉藤さんは、被害届を出さないと言われていましたが、上野さんはどうされますか?」
「ぼくも出しません。いいです。」
「なぜ?」
 七瀬よぉ、お前がグイグイ行くから、上野君が少しひいてるぞ。
「そもそも、松下玲子も、あひる坂もそんなに好きじゃないし。先輩に頼まれて応募して、たまたま当たったから買っただけで、それがあったからライブも行っただけだし・・・だから・・・」
「だから?」
 七瀬、黙って聞けよ。
「だから、そんなに愛着がある訳でもないので、被害届は出しません。」
「上野君、その山崎正が行方不明って聞いたんだけどさ?何か知ってる?」
「・・・知りません・・・」
「ほんとに?」
「・・・ほんとに・・・」
 上野が何に怯えているのかはわからないが、明らかに何かに怯えている眼をして答えていた。
「あと、上野さんは先ほど、山崎さん”たち”とおっしゃいましたけど、山崎さん以外の名前はご存じですか?もしわかれば、教えていただきたいのですが。」
「・・・知りません・・・」
「ほんとに?」
「だって、さっきも言ったけど、ぼくは付き合いで・・・だから知りませんし、わかりません。」
「それでは、もしあとで何か思い出しましたら、こちらへ連絡ください。今日は、ご協力ありがとうございました。」

 鍵は山崎正という男か。この男の行方を調べる必要があるのだが、結局、ほぼ”ふりだし”に戻っただけのような気がする。ただ、ただ、気になるのは、井村明子、上野英、この二人の何かに怯えているような様子、それと斉藤和也の何か後ろめたそうな、それは前科があることにではなく、明らかに他に何か隠している態度だ。そういう意味では、多少なりとも前進した感はあるが、実際は、犯行に及んだアチュートには全く近づいていない。案外、今回は、けっこう厄介な案件かもしれない。

「キダさん、この後、井村明子ちゃんの聞き取りへ行きますけど、ちゃんと覚えていますね?」
「はい。覚えています。」
「ではこちらへお願いします。」
「へい。へい?」
「えぇ、井村さんのお家へお願いします。」
「ヘイ!アーク。井村明子ちゃんのお家までルート検索して!」
”検索します・・・”
”有料道路の使用で1時間05分。有料道路なしだと1時間36分です。”
”有料道路なしを選択しますか?”
「どっち?」
「・・・なし・・・」
「有料道路なしで。」
”了解です それでは案内を開始します”
「へーい! じゃ、よろしく!」
”よろこんでっ!”
アークよ、この数時間で、どこで覚えた。そのセリフを・・・

 井村明子は学校を休んだようだ。彼女の家は、我が武蔵ダイカスト工業からも比較的近く、車で約10分ほどのところにある。彼女は、今回の事件について母親に相談したらしい。彼女の母親は、元教師で今ではこの辺りのまとめ役を任されているらしい。地域的にも、この件、”寄居6人惨殺事件”は、他人ごとにはできないため、母親もこの事件の調査に対しては、とても協力的ということだ。そこで、今日は、井村家で話を聞くこととなった。もちろん明子の母親も同席する。

「でかっ!なにこの家?っていうか、井村さんの敷地には何件、家があるの?」
「比較的このあたりのお家は、旧家が多くて、土地持ちの家が多いと聞いていますよ。井村さんのお家もその一つでは?」
「しかし、こんなに必要なんかな?ていうか、どんな商売したら、こんなに家が建つんだろ?土地持ちって言っても、この辺り一帯が、井村家の敷地だろ?町一つが井村家って感じだけど・・・ん?」
オレは昔、そんな環境で暮らしていた記憶がある・・・けど、思い出せない。

「あらぁ、どうも明子の母ですぅ。どうもこの度は明子がぁ・・・ほんと、こんなに建てちゃってねぇ、正直なところ困っているんですよ。維持するのも税金払うのも大変でぇ。」
「あ、あっ・・・聞こえてましたか。すみま・・・っ!?」
えっ?鬼?しかもなんだこの気はっ!思わず身構えてしまった。

「七瀬、どういういことだ?」
「キダさん、ごめんなさい。もう隠せないわね。こちらの明子ちゃんのお母様は、一ノ瀬が管理するラークシャサで、旧姓”メツキ”様、今は井村みどりさんです。階級は”バラモン”。」
「えーっ!バラモン?旧姓?っていうことは明子ちゃんは?えっ?え?」
「はじめまして、井村みどりです。旦那は人間。ですので、明子は人間と鬼の間に生まれた”半鬼”です。」
「半鬼?!噂には聞いたことがあるけど・・・」

「ご挨拶が遅れました。わたくし七瀬家当主、七瀬柊と申します。以後お見知り置きを。こちらは当家管轄のラークシャサで、”クシャトリヤ”のキダというものでございます。」
「あら、あら、そうなんですか。さっ汚い家ですけど、どうぞおあがりください。」


◆最初から読む

◇第9話へつづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?