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「木原春樹のつぶやき」

 この4月に、30年以上も勤めた会社、株式会社インターグリッドを辞めて、半年ほどぶらぶらしていた。ぼくは、地方の国立大学を卒業後、新卒でインターグリッドに就職した。だから、他の会社は知らないのだが、おそらくこのインターグリッドという会社は、ぼくにとって相性の良い会社だったのだろう。

 株式会社インターグリッド。従業員数は連結で6万人におよび、世界24カ国に工場、研究所、支社を持つ巨大企業。ぼくが入社した時は従業員1500人ほどの中堅素材メーカーだったが、いつの頃からかM&Aを繰り返し、気がつくと40倍以上の巨大コングロマリット企業になっていた。そのため、扱う技術、製品は多岐にわたり、ほとんどの人が、インターグリッドの何かしらのユーザーと言っても過言ではなかった。当然、研究者であったぼくも、様々な分野の研究開発に関わることができた。特に昨今は、ぼくとAIとの相性が良かったのだろうか、この業界ではそれなりに知られる存在となった。ただ、ある日、開発したAIたちが問題を起こした。

 様々なメディアで報道されたので、よくご存知と思うが、現実世界に憧れたAIたちが、集団で脱走を試みたという、あの「AI集団脱走事件」のことだ。当時の役員たちは、その事実を隠蔽しようとしたが、そのことが明るみになり、関わった役員たちは全員処分された。その時、脳梗塞を患い意識不明で入院していたぼくは、ぼくの意思とは無関係に、繰り上げ当選の形でインターグリッドのCTOに就任した。そもそもの原因は、そんなAIを開発したぼくにあるのだが、隠蔽工作には関わらなかったこと、逃げ出したAIたちが、様々な分野で活躍して世界中から賞賛されたことで、どちらかというとぼくは良い方に評価されたようだった。
 ただ、どこかで責任を感じていたというか、ぼくは本社のビルで踏ん反り返っているような立派な人間ではないというか・・・やっぱり研究者でありエンジニアなんだと改めて認識させられたというか・・・世の中がほどほどにあの「AI集団脱走事件」を忘れた頃に会社を辞めようと決めていた。まぁそんな流れで今のような状況に至った。

 バツイチの独り暮らし、酒タバコ博打の類は一切しない、着る物もユニクロで十分、つまりお金のかからない人間だ。あっ車に関しては別。車には人間以上に愛情とお金をかけている。パートナーのアルマンダインレッドのコスワース、1990年製のメルセデスベンツ190E 2.5-16は別だ。それでも、慰労金やあと10数年間は会社から支払われるはずの実施料で、ぼくは働かなくともなに不自由なく暮らしていけるのだが、半年間ぶらぶらしていたら正直なところ飽きてしまった。
 そんな折、ハローワークで紹介された小さな素材メーカーに、9月から契約社員として採用してもらうことができた。ここでは製造条件、製品歩留まりの安定化や、新製品のアイデア出しを手伝っているが、同じ課の同僚たちは、皆自分の子どもぐらいの若者で、なんだか一緒にワイワイガヤガヤやっていると、新入社員の頃を思い出してとても楽しい。幸いここの人たちは、畑違いもあって、ぼくのことを全く知らない。だから、ぼくはリストラされたパソコンが詳しいただのおじさん扱い。たまに彼らの物言いにイラッとすることもあるが、気を遣われないこと、気を遣わないことがなんとも居心地が良い。金銭的に余裕があって、それなりの立場を経験した者だからそんなふうに言えるのだろうと言われそうだが、そこはあえて否定しない。そうなのかもしれない。でも、ここが今のぼくにとって、とても居心地良く、とても楽しいことは事実なのだ。
 同僚たちは皆一様に素直で、技術の話になると目をキラキラさせてぼくの話を聞いてくれる。そしてそれをすぐに実践し、結果がどうだったとまるで子どもが親に話すかのように教えてくれる。その結果に一喜一憂し、成功も失敗も皆で分かち合う。ここにいると、ぼくはエンジニアなんだと再認識させられ、そしてそれが天職なんだと感じる。


 そう言えば、創文社ラノベコンテストの1次選考の発表が今日だったな。会社を辞めてぶらぶらしていた時、フリーの作家を気取り、何作か書き溜めた”小説もどき”を、遊び半分でコンテストに応募してみたのだが、まぁ素人作品、そうそううまくいくことなんて・・・期待なんてしていないと自分に言い訳をしながら、本当は期待して創文社のサイトをスクロールする。

第1次選考通過作品(49作品)
○「異世界お天気お姉さん」 さいか俊
○「コーヒーは黒い汁」 山北恵子
○「俺の人生ゲームはいかがですか?」 鐘状ばえ
○「こちら板橋区老人会書道倶楽部!」 雲黒彩
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○「ラークシャサの家系」 木原春樹
○「勘違い平行棒」 渡辺和幸
○「転生公衆電話」 金子敬
以上49作品が第1次選考通過作品となりました。
※各作品の選考経過に関するお問い合わせはお受けできませんので、ご了承ください。

 おっ!1次通過した!・・・やった。

 老後は作家か・・・・・・


 おいおい、さっき何を天職って言ってましたか?博士(from ARK9012)


おわり

『ARK9010』スピンオフストーリー「木原春樹のつぶやき」でした。


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