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『テンシンシエン!』第55話

◆「ワラエナイハナシ?」

「私は、30年以上務めた会社を2013年3月に退職しました。先ほども言いましたが転進支援で・・・なんとなく会社に居づらくなってきたというか、パソコンとかインターネットとかの設定をするにしても、自分の息子のような若い社員に頭を下げてお願いしたりしててですね・・・なんとなく自分が職場のお荷物になっているような感覚を・・・そうですね・・・55歳の時・・・やっと課長相当職に昇進してから、特にそう感じるようになりました。」

 定年少し前、55歳前後の管理職昇進、会社的には長年勤めあげてきた社員に対しての、ご褒美的な意味合いもある・・・多くの会社では、56歳で役職定年になってしまうのだが、その前に少しでも良いポジションにして、有終の美を飾ってもらおうと・・・会社側にはそんな気持ちもあって、良かれと思い昇進させるのだろう。しかし、これが、多くのベテラン社員の、メンタルを削る原因となる・・・

「それは考え過ぎ・・では・・・」
「当時の上司もそう仰っていましたが・・・結局、転進支援を勧めている訳ですから、組織からすると、戦力外であることには変わりはないのです。」

 55歳でのご褒美昇進と、その直後の転進支援か・・・運が悪いとしか言いようが無いが、こんな状況に陥っているおじさんたちは、世の中にたくさんいるのだろう・・・

「まぁそれなりの退職金をもらって会社を辞めて、沢村さんがご経験したように、会社が契約した転職支援会社の指導を受けながら再就職活動を行うのですが、退職してみて初めて、今までの自分が、どれほど恵まれた環境にいたのかを理解しました。転職支援会社の担当カウンセラーからの勧めもあって、いくつかの転職支援サイトに登録するのですが、知名度が全くない、ただの50代後半のおじさんに紹介できる仕事は、清掃員とか、駐車場や駐輪場の管理人・・・賃貸住宅の管理人なんて、まだ条件としては良い方でしたよ。それでも、たまに企業からの嘱託や契約社員の募集があってですね。その中から、いくつか良さそうな案件を見つけて応募するのですが、全くと言っていいほど良い返事はありません。さすがに60社を超えるあたりから頭がおかしくなりそうでした。来る日も来る日も、”応募”と書かれたボタンを、マウスでポチポチと押し続ける日々・・・沢村さんには想像できないでしょう・・・そのうちにポチポチすることが目的になってきて、何のために、このボタンを押しているのかよく分からなくなってきて・・・今でもあの頃のことを思い出すと、心臓がギュッとなります。」

 私も件数こそ異なるが、同じような気持ちになった・・・だから山泉さんの言っていることは理解できるが、”山泉さんの気持ちがわかる”とは、言えそうもない雰囲気だ・・・

「応募した会社が80社に達した時は、もうこれでダメだったら、死んでしまおうと思ったぐらいですよ・・・冗談ではなくてね・・・結局、そこまでしても、一次選考を通過して面接にまでいった案件なんてものは、ゼロ”、ゼロですよ!。80社応募して一次面接ゼロなんて、社会から必要がないと言われているようなものです。結局、会社だけでなく、私は社会からも不要と言われていたんですよ。」

 80社応募して、書類選考通過がゼロはきついな・・・それこそ、当時の山泉さんは、キャリアシートの書き方が全然ダメだったのだろうな・・・

「私は自暴自棄になっていました。好きではなかったはずのお酒も、飲む量が毎日のように増えていくし、些細なことで妻と揉めるようになった。それまでは、妻と一緒にいる時間なんてほとんどなかったのに、退職してからは、ほぼずっと一緒にいるようになって・・・それまで気にならなかったお互いの癖を、お互いが許せなくなっていった。そんな中での、あの求人。ようやく運が向いてきたと思い、妻と大喜びしました。」
「そうだったんですね・・・」
「さっそく求人の内容や、応募したこと、求人を出している会社がどんな素晴らしい会社かを妻にも話して・・・一瞬でしたが、私たちに光が見えたんですよ・・・なのに何事もなかったかような、あのあっさりとしたメール、” システムを導入することになったので求人は中止します ”って・・・やっぱり、私のような人間は必要とされていないって、心の底から落ち込みました。そのことを妻に話した翌日です。妻から離婚の申し出がありました。理由は、私と一緒にいることが苦痛だということらしいですよ。私が退職して、一緒にいる時間が長くなって、初めてわかったそうです・・・いわゆる熟年離婚ですよ・・・しかも絵にかいたような・・・結局ですね・・・家族までも、私を必要としていなかったのですよ・・・笑っちゃいますよね?」

笑えない話だ・・・


■第56話へつづく


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