見出し画像

『朝の色』

 バイトが終わった後、大学近くのいつもの居酒屋に、いつものメンバーで集まる。
「マスター!”といちんさ”ライムでグラス二つ!」
 ゼミが常連ぽく注文した。私もそんなふうに注文してみたいと思うが、結局はいつも思うだけ。
「あっ私は・・・」
「イっちゃんはいつものウーロン?」
「はい・・・」
「はーい!ウーロンジョッキで大盛〜!」

 ”といちんさ”は、ゼミとヘマがボトルキープしている地元の安焼酎。他のお店の仕組みは知らないが、このお店では、ボトルキープのお酒には、ライムジュース、ミネラルウオーター、氷が無料で付いてくる。ちなみに、この店のミネラルウォーターと氷の原料は水道水だ。マスター曰く、ここは水が綺麗な土地だからミネラルウォーターなんか使わなくても水道水でいいらしい。確かに私の地元とは水道水の匂いが違う。

「おいっ、お前らさぁ、頼むからなんか注文してくれよぉー。全然儲けにならんわ。」
 マスターがお決まりのセリフを言う。
「だってお金無いもーん。」
「右に同じやちゃ。」
「同じです。」
 私たちもお決まりの返事をする。

「ねぇ、ヘマってさっ、斉藤さんと付き合ってるの?」
「はぁ?誰ねぇそんなん言うとんの?」
 迷惑そうにヘマがゼミに言う。
「えっ?じゃガセ?」
 私は身を乗り出してヘマの顔を覗いた。
「ガ、ガセじゃないがぁ・・・」
 ヘマが恥ずかしそうに答えた。
「へっ?本当なの?ヘマ?」
 ゼミが拍子抜けしたような声をあげた。

「うん。先週から付き合い始めたがっ・・・」

「えぇーっ!マジでぇー?なんで、なんで?どこがイイのぉ?」
「ぎゃーっ!マジ―っ!」
 ゼミと私は大騒ぎだ。

 私たちは大学の教育学部で教員を目指す三年生。ヘマは地元、ゼミと私は県外だ。ヘマはお祖母ちゃん子だったようで、地元の訛りを巧みに操る。私たちはそんなヘマの訛りに引っ張られて、気が付くとイントネーションや語尾が変になっていることがよくあった。

「ねぇねぇ・・・私さぁ、彼氏がいたことないんだ・・・高校、女子校だったし。うちの県ってさ、共学がほとんどないんだよぉ。大学はいってからもさ、出会いがないって言うか。まぁそれ以前の問題かっ。ひひひひ。」
 どうしようも無い愚痴を言うゼミ。なんて突っ込んだらいいのか困る。
「うちも。だから斉藤さんが初めての彼氏。」
「私も彼氏いたことがないよ・・・」
「でもさぁ、イチってさぁ、見た目派手だから男取っ替え引っ替えって思われてるよねぇ。いひひひひ。」
 お酒が回ってきたのか、ゼミが意地悪そうに笑いながら言う。でもあながち間違ってはいない。私は彼氏がいたことはないが、何故か男性とすぐにそういう仲になってしまう。だから間違っていない。そしていつも男運がなく、碌でも無い男ばかりに捕まってしまう。

 日付が変わってずいぶん時間が経った。ヘマは私の膝の上で落ちている。ゼミがなにか意を決したように私に聞いてきた。

「イチ、クルマ買ったんでしょ?」
「うん・・・買ったって言うか、親が勝手に買ってくれた。教育実習で必要だろうって。」
 私の親はいわゆる過保護というやつなんだろう。私はバイトしたお金で自分で買いたいものを買いたいのに、自分たちで勝手に決めて、ほぼなんでも買い与える。

「飲んでないよね?イチ。」
「うん・・・」
「車どこに停めてあるの?」
「球場の駐車場・・・」
「じゃドライブ行こ!」
「今・・・から?」
「今から!」
「うん・・・いいけど。」
「マスター会計して!ヘマっ起きろ!帰るぞ!」

三人で大学の近くにある球場の駐車場へ歩いていった。
星空が綺麗だった。
三人で車に乗った。ゼミが助手席。ヘマは後ろの席で寝ていた。

「イチ、海行こう。この時間なら少し時間をつぶせば日の出が見られる。夜明けを三人で見よう。」
「うん、いいけど。ゼミ、元気だね。」
「ひひひひ、そう元気なの。いつも。」

 そのあと私たちは車で二時間ほどウロウロして、普段なら絶対行かないような遠くの海水浴場へ行った。

「もうすぐのはずだよ。ほらっヘマ、ちゃんと歩け!」
「んー?ゼミ?なにいうとんがぁ?」

 私たち三人は誰もいない早朝の砂浜に座り込んで夜明けを待った。ヘマは私の膝枕で寝ていた。空は徐々に白んできた。少し前までは光にしか見えなかった沖の船たちが、空が白んでいくとともに、その複雑な形を露にしていった。

「イチ・・・遅いねぇ。太陽。」
「うん。でも空はずいぶんと明るいよ。」
「なんでだろ・・・あっ!あぁーっ!後ろっ!」
 そう、太陽は私たちの背後ですでに煌々と登っていた。ここは日本海。ゼミも私も太平洋側の出身だったので、日の出は海からという常識があった。私たちは海の方を見て、昇って来るはずのない太陽をずっと待っていた。

でも・・・

 白々とした空が、少しづつ青みを深めながらも、少しどこか赤みを残し、そして太陽は神々しいほど複雑な光の色を放つ。

 なんて綺麗な色・・・

 自然に涙が流れた・・・

 ゼミも、いつの間にか起きていたヘマも、私の横で何も言わずに黙って一緒に空を見ていた。


ぜったいわすれないよ・・・


おわり

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?