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ごきげんさんとBiscoff

早朝3時、家を出て10分ほどでダラスフォートワース空港に到着した。
空港から近いというのは本当にありがたい。旅の目的地はカナダのモントリオール、今回も夫の出張に同行することにした。

モントリオールまでは直行便もあるのだが、今回の私のチケットは貯めたマイルの特典航空券として調達したため、シカゴ経由の乗り継ぎ便という経路を利用することになったのだ。

経由地シカゴまでは2時間半ほどのフライト。早朝便だが、ほぼ満席だった。夫の席からは少し離れており、両側三列シートの機内で私の席は真ん中で、隣の窓際席にはニコニコした小柄のおじ様が既に座っていた。
「お隣失礼します」と挨拶するとおじさまはニコニコ笑顔で挨拶を返してくれた。
まるで7人の小人の一人のようなおじさま、もちろんごきげん(ハッピー)さんだ。

かっ、かわいい!!!

ハートを鷲掴みにされた私は心の中でこの可愛らしいおじさまをごきげんさんと呼ぶことにした。
ごきげんさんは時々窓の外を眺めたり、ショートメールを送受信してはその度に「うふふふふ」とト書きが書かれているかの如く全身から楽しげなオーラを漂わせ、時には体を揺らし口笛も吹いちゃうのだ。しかもめちゃくちゃうまいじゃないか。
ごきげんさんのおかげで離陸前から既に幸せな気持ちになったのだった。

⭐︎

まだ暗い午前5時。ほぼ定刻通りに飛行機は離陸した。
しばらくするとごきげんさんは「ここの窓を開けてもいい?」と楽しげに尋ねた。
私も外の景色を楽しみたい派なので、快く「どうぞー」と答える。

スッと開けた窓から昇ってきたばかりの珊瑚色の太陽の光が差し込み、思わず「うわぁ〜」と私もごきげんさんもため息がこぼれ顔を見合わせる。感動の共有に言葉はいらない。

間も無くして機内サービスの時間となり、飲み物と共に Biscoffというクッキーが配られる。カリッとした少し硬めの食感にほんのりシナモンが香ばしいこのクッキーは、これまで利用したアメリカン航空、アラスカ航空、デルタ航空いずれのエアラインでも提供されいた。たまにプレッツェルも出てくるが、どうやらBiscoffがど定番らしい。ベルギーのお菓子だが、私にとっては日本にいた頃から馴染んだ懐かしい味でもあり、大好きな逸品だ。

この日は先にBiscoffが配られ、しばし飲み物のサーブを待つ。
飲み物を聞かれるまで待つあのソワソワ感、心を決めてもなお直前まで何にしようか少し迷うあのソワソワ感・・・

先に窓側席のごきげんさんの分のホットコーヒーをCAさんから中継し、ちょっとだけ心を込めて、どうぞっ、と手渡す。
続いて私もコーヒーを受け取る。クーラーが効いた機内で体が冷え切った手伝わる温かさがありがたかった。

それにしてもこれでもかというほど機内は冷え冷えである。こんなに寒いのに半袖どころかタンクトップ、キャミソールの客も少なくない。最近は驚かなくなってきたものの、それでも猛者たちとの身体システムの違いをまざまざと見せつけられる。一方で寒さに弱いチームの仲間たちの中には、ダウンジャケットを羽織っている人もいる。色んな意味でここはるつぼである。

しばらくの間、両手でカップを包み込み手を温めていると、お隣のごきげんさんは早速Biscoffの袋を開けその一枚を手に取った。そして慣れた手つきでコーヒーに数秒浸して、パクッと口に運んだ。その瞬間、ごきげんさんは体を軽く揺らしかすかに鼻歌がもれた。いや、鼻歌は私の脳内だけでのことだったかもしれないのだが、そのくらいその一瞬を楽しんでいることが伝わってきたのだった。

ジュワー、パクッ、うふふ・・・
ジュワー、パクッ、うふふ・・・

思わずこちらも微笑みたくなるとはまさにこのこと。この可愛らしいごきげんさんに、私はすっかり魅了されていた。

ごきげんさんの幸せに共鳴するように私もBiscoffを口に運ぶ。先に浸しこそしなかったが、素早くコーヒーを一口。口の中でシナモンとコーヒーのハーモニーを楽しむ。
「美味しいですよね!私このクッキー大好きなんです」といつも以上に美味しく感じた感動をごきげんさんに伝えずにはいられなかった。まるで子供である。

ごきげんさんは、うんうんと頷き、ニコニコしていた。

しばらくしてCAさんが再度ラウンドしてきて、スッとお隣のごきげんさんに2個のBiscoffを手渡した。いつの間に頼んだのかしら。もしやCAさんとごきげんさんは以心伝心?!それとも常連さん?しかも2個も!!

兎にも角にもごきげんさんはこのクッキーが大好きなんだな〜、それすらもかわいいなぁ〜と思っていたら、ごきげんさんはそのひとつをスッと私にくれたのだった。

あぁぁぁ!ごきげんさん!!!(感涙)

「ありがとうございます!でもこれ貰っていいの?・・・ありがとう!」と、遠慮することをすっかり忘れ、全力で受け取った私。通路側席にいたクールなお兄さんはきっと、隣のおじさんとおばさんが幼稚園児に見えたことであろう。
それでも、寝たふりをしながら遠くから暖かく見守っている、そんな感じだった。

1個目の残骸とスタンバイする2個目のBiscoff

こうして2袋目のBiscoffも美味しくいただき、間も無く飛行機は経由地シカゴに到着した。着陸後すぐにまたごきげんさんは誰かと連絡を取り合っている。

家族か孫にでも会えるのだろうか。とても嬉しそうだったので、飛行機を降りる前に理由を尋ねると、「30人以上の仲間との旅行で自分一人だけ手違いのため別の飛行機に乗らなければならなくて、この後バンクーバーで合流することができるんだ」と教えてくれた。

なんと、結構なハプニングがあったのね・・・

しょんぼり案件である気もするが、ごきげんさんはみんなと合流できる時間を思ってウキウキしていたのかもしれない。それほど多くのことを話したわけではないけれど、ごきげんさんとご一緒した時間は格別だった。

ごきげんは伝播する

だから私もなんてことない毎日の中で、できるだけ自分で自分のごきげんを取ることに徹している。Biscoffを食べるたび、私はこの日の幸せな気持ちを追体験できそうだ。


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