遠くへいってしまった学芸員さん


歴史を紐解き結び続ける仕事

 今回の記事は、ある学芸員さんとの思い出と、その方の仕事についての話です。関わりはコロナ禍になってからほとんどなかったので、最後にお会いしたのは5年ほど前でした。別の方の講演会ではありましたが、意見を求められ切れ味抜群のコメントを話されていました。
 「文化財は現状のまま守り続けることで価値は増していく。言い換えれば、次世代に伝わることで価値を増すのだ。」という趣旨のことだったように記憶しています。
 文化財のうち活用の方に舵を切られ、積極的に利用されているものが既に多数あります。私はとある観光地で、文化財である建築物の活用で、内部を改装し、カフェなどにリメイクされているところを見たことがあります。なぜこの建物にスタバが!!!と意外性に驚いたことがありました。
 それ自体の善悪・良し悪しは簡単には判断できません。50年経ってみたら、そういった文化財しか、世の中に残っていないかもしれませんし、、。それらの取り組みの真価は、社会の流れの中で見出されていくでしょう。
 先述した学芸員さんは、こういった付加価値をつけて価値について考えるのとはいつも一線を引いて、文化財そのものの価値について終始考えていらっしゃったように感じます。本質、ということに集中されていたような気がします。
 そういった姿勢は、「学芸員の仕事など金にもならず、不要だ!」という人の格好の標的だったようです。しかしそんなことには意にも介さず、たんたんと仕事をされていました。
 その仕事を象徴するのは言葉だけでなく、ミュージアム内の資料の整理や展示にも表れていました。正確なルールで管理され、丁寧な解説が備わった台帳を知っていますし、資料そのものから時代を語ろうとする展示にも、感銘を受けています。私だと、知識や興味、関心が狭くて、複数の時代を貫く仕事はなかなかできないように思います。

苦労と苦味

 学芸員の中でも、何万人と来館される展覧会を企画し、分厚い図録を作成されている方も多数いらっしゃいます。そういった仕事は、大変な作業は多いものの多くの人に認められる華のある仕事ともいえそうです。
 一方、地域の文化財の本質を探究し続けるような学芸員さんだと、ものすごく地味なことをずっと重ねるような仕事に見えます。実際には様々な発見と出会い、ドキドキワクワクしている面もあります。
 このように、学芸員は同じ職種であっても、全然異なる作業や活動をしているのですが、どの立場であってもそれぞれの苦労は尽きないと思います。
 苦労は、苦しい労働、と捉えて差し障りなさそうですが、なんだかそれだけだと絶対避けたいもののように感じます。いかに苦労を苦労と感じずに働くか、が大事になりますよね。
 先述した学芸員さんの仕事ぶりは、その鏡のようでした。ただしそれは、「苦労を忘れて乗り越える」のではなく「苦労を深めて乗り越える」態度です。
 どういうことかというと、誰しも忘れて乗り越える術は、毎日の睡眠などで体得していると思うのですが、その学芸員さんは自分の苦労に焦点を当てるのではなく、過去に生きた人の苦労や不条理、我慢、困難への日々の取り組みを数々の資料から読み取ることで、他者の様々な苦しみを受け止め、苦しみを相対化し深めることを通じ、それを日常としていくようなことをしていらしたのだと思います。
 なかなか例えが難しいですがあえて例えると、吐き出したくなる苦いコーヒーを一口飲んだとしても、様々な苦味と比較し味わうことで味を捉え、複雑な奥行きのある苦味として自分なりにうまみを探す、という感じでしょうか、、。

他者の仕事がわかるためには時間をかける

 遠くへ行ってしまった学芸員さんの仕事とその態度を、讃える言葉が紡げず恥ずかしいですが、少しでもその凄みを感じていただけたら嬉しいです。
 もしかしたら、そのような仕事や態度もすぐに理解できるものではなく、心と考え方を寄り添わせて、何度も想像してみることで、やっとその凄みがわかるものかもしれません。亡くなってからの方が対話は長く続きますね。
 物事に実直に取り組み、資料を丁寧に整理し、過去の人々の苦労を感じながら働く。そのことについて自分でも時間をかけて、何度も想像し、少しでも真似て自分なりに近づけるようになろうと思います。それでも多分その学芸員さんの仕事がわかるようにはならないから、「継承」ってほんとに奇跡のようなことのように思えてきました。

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