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耳で聴く美術館の行き着く先はどこかしら?

「最後の質問です。耳で聴く美術館の最終的な目標を教えてください。」とインタビューでは締め括られることが多い。

一人でSNS発信をしていた自分が、最近ではメディアのようになってきて、果たして私が目指すところはメディアなのだろうか?と疑問がいつもある。
美術のメディアといえば美術手帖さんやARTnewsさんといった情報の収集力と発信力では素晴らしいメディアの方々はすでにたくさんいる。

今から、人数も資金も劣る私たちが食い込もうとチャレンジする必要はないのではないかと思う。

そもそも私は何がしたくて、発信を始めたのか?
発信をする中で一番やりがいを感じる時はいつか?
原点に思考を戻して、今後の道を決める必要に迫られていると感じる。

「ハッピーな人にも楽しんでほしいけど、今ハッピーじゃない人の救いになるような活動がしたい」
「たとえば、最後尾でゆっくり走っている人のその後ろを走れるような存在でありたい」

この考え方に尽きると思う。

結局私は美術批評家でも解説者でもなく、美術にめちゃくちゃ詳しいというわけでもない。

「美術作品の後ろには必ず人がいる」という意識を忘れずに、私はこれからも人間に興味をもって活動をしていきたい。

全ての人が生きやすくなることは難しいけれど、誰かの活力に少しでもなれるのであれば幸せな人生だな〜と思います。



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