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マネの「オランピア」とモネの手紙ー【美術品と来歴を探求するシリーズ】

海外の美術館のサイトを見ると、作品紹介に”来歴”(英語ではProvenance)が書かれています。

来歴とは作品が誕生してから現在に至るまでの旅の軌跡。注文主、オークション、コレクターやギャラリーなど、どんな人々の手によって大切にされ、時には国境を越え、盗難や破壊などの影響を受け、文化や時代を超えて受け継がれてきたのかを教えてくれます。

美術品がただの物体ではなく、生きた歴史を持つ宝物であることを思い出させてくれて私を魅了します。

作品そのものと同じくらい来歴に惹かれるのは、歴史が好きだった子供時代とも大きく関係しているのかも。

『美術品と来歴を探求するシリーズ』では、気になって調べずにはいられなくなった作品が、どんな人の手を渡ってきたのか、どのように美術館に収められたのかを探るシリーズです。

noteの有料記事は、一度購入していただいた記事は更新されても読むことができるという私のようなクリエイターにはとってもありがたい。

ある時ふっと調べていた情報に出会うことはこれまでにも何度もあって、公開したら終わりではなく、出会いがあればこの記事も随時更新していきたいと思っています。

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2023年、ニューヨークのメトロポリタン美術館とパリのオルセー美術館の共催展「マネとドガ」が開催されました。

マネが描いた「オランピア」が初めてアメリカに渡った!という記事を見て、そうだったのかとちょっと驚きでした。

この絵には本国フランスの公的機関に所蔵されて、認めてもらいたいというモネの奮闘の日々の物語もあります。

マネの死後1880年後半、印象派やマネの作品はアメリカで人気になってきて、売却されそうな危機にあったことや、マネ夫人の支援をする背景もありました。

絵を買い取るために募金を募ったり、政府に手紙を書いたりしています。

モネと言えば、絵が売れない貧しい時代色々な人に借金のお願いをしている手紙の印象が強かったのですが、こんな手紙もあったのかとモネの人柄に新たな興味が湧きました。

この記事は、エドゥアール・マネ「オランピア」を巡るクロード・モネの手紙の物語をご紹介します。

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