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【地域ブランディング】 その都市のファンになってもらうこと 後編

アートアンドサイエンスのブランディングスタイリングディレクターの岩本です。ブランドエクスペリエンスデザインを掲げるアートアンドサイエンスで、CI/VIなどブランドのスタイリングデザインに関わるメソッドやフレームワーク、具体的なソリューションを開発しています。

「その都市のファンになってもらうこと」、後編です。前編でご紹介した『シビックプライド』は、ヨーロッパの地域ブランディングの事例をあつめたものですが、続刊となる『シビックプライド2』は、日本国内の事例を豊富に掲載したものとなっています。

今回は、『シビックプライド2』の「富山ライトレールのトータルデザイン」「市民の意識がまちを変える」を通して、富山市の事例をご紹介したいと思います。

人口の減少と都市のブランディング

SDGs達成に向けた優れた取組みを提案する都市を国が選定し支援する「SDGs未来都市」。「コンパクトシティ戦略による持続可能な付加価値創造都市の実現」という取組みによって、富山市は2018年度のSDGs未来都市に選ばれました。

少子高齢化社会の到来にともなう地方自治体の活力低下に歯止めをかけ、持続的な社会をつくりだすことを目指す「地方創生」が政策として推しすすめられていますが、SDGs未来都市の選定・支援もその一環です。

富山市は2012年にも、メルボルン、パリ、ポートランド、バンクーバーと並ぶ先進事例として、経済協力開発機構(OECD)の報告書『コンパクトシティ政策 世界5都市のケーススタディと国別比較』に取り上げられています。5つの都市のうち、人口の減少に直面しているのは富山市だけであり、まさにそのことが注目されたポイントでした。

コンパクトシティをめざして

富山市は、日本の平均よりもさらにすすんだ高齢化、地形の平坦さや一戸建て志向の高さから市街地が薄く広がっていること、道路整備率の高さもあいまって車への依存が高いことなどから、車の運転が難しくなっていく高齢者のモビリティへの懸念、都市管理のコストが上がってしまうこと、社会的つながりをうみだす空間形成のしづらさを課題として抱えていました。

このままでは市の存続に関わるとの強い危機感のもと、森雅志市長が先頭にたち、活動域を市の中心部にまとめて住みよいまちをつくる、「コンパクトシティ戦略」を採用することとなったのです。

トラムを軸に

コンパクトシティを実現するため、富山市は、存続があやぶまれていたJR富山港線を低床式のトラムとして再生させることを軸とした、公共交通機関の再整備と強化をキープロジェクトとして打ち出しました。

トラムのダイヤを増やして中心部の交通の利便性を向上させるとともに、路線バスを整備しトラムとの接続を強化する、公共交通機関沿線の住宅取得に補助金を出すなど、車を使わなくても生活できるまちづくりのための誘導策をすすめています。

コンセプトを表現するデザイン

交通機関の軸となるトラムのデザインは、GKデザイン機構と島津環境グラフィックスによるトータルデザインチームによって行われました。車両・電停・VI ・広告など、関連する要素が下記共通コンセプトのもとデザインされています。

1. 高齢化社会や環境に配慮した住みよいまちづくりの実現
2. まちづくりと連携した、富山の新しい生活価値や風景の創造
3. 世界に向けて富山市民が誇れるような路線づくり

例えば、富山市で採用された低床式のトラムは、プラットフォームと道路を段差なくつなぎバリアフリーを実現するとともに、路線バスとのシームレスな接続を市民に体感させることができます。車両の外観は、立山の新雪をイメージさせるスノーホワイトをベースに、富山の豊かな自然を表現した鮮やかな色がキーカラーとして配色され、環境に配慮した次世代の交通機関であることを表現しています。

また、市民の誇りや愛着を醸成するため、プロジェクトのプロセスへの市民参加が行われました。車両のフェイスデザインの最終イメージは市民アンケートにより決定され、また、車両の愛称「ポートラム」についても、市民から応募の多かった案の中から選ばれました。ほかにも、電停のベンチを市民のドネーションによって設置する企画も行われたとのこと。

地元企業の参加の仕組みとしては、新設される駅のネーミングライツの販売、ひとつひとつの電停を個性化するための壁面スペースビジュアルへのスポンサードが企画・実行されました。

トラム開通後にも、花を買ってトラムに乗ると運賃が無料になるキャンペーン、地元の高校生をまきこんだラッピングトラムのキャンペーンなど、市民にまちへの参加を呼びかけるさまざまな仕掛けが企画されています。

トラムは、新しい基幹交通としての機能的な役割だけでなく、新しい生活価値を表現したデザインをまちに届け、ライフスタイルを創造・提案することで、コンセプトを目に見えるかたちに現す役割を担っているといえます。

「将来の市民」の声を聴く

公的機関がターゲットを絞った施策を行おうとすると、どうしても「公平さ」についての批判が起こります。富山市においても、コンパクトシティ戦略にもとづくさまざまな施策について、中心部を優遇する不公平な施策という批判があったとのこと。

それに対し富山市は、中心部の固定資産税の歳入全体に占める割合が高いこと、中心部の価値をあげることは郊外に住む市民の利益にもなることをデータで示すとともに、今までご紹介してきたように、理想とする未来のビジョンを提げ、市民との協働をコンセプトとして盛り込んたプロジェクトデザインをすすめ、市民の理解を体験として浸透させていきました。

『シビックプライド2』のなかには、「私の考えの根本にあるのは「将来市民」の利益です」「今の市民の一部が、もしくは過半数が不満を感じることであっても、お互いに負担を分けあって、将来の市民のために魅力的な都市を残そう」「このことをきちんと説明すれば、正面から「それは間違っている」という人は誰もいません」との森市長の言葉があります。

水平軸としての今の市民だけでなく、垂直軸といえる将来の市民もふくむ、「すべて」の市民の利益を考えるというビジョンの描き方は、地域ブランディングを行うときにつきあたる壁を乗り越える重要なポイントを示していると感じました。


ブランドエクスペリエンスデザインのアートアンドサイエンス株式会社です。https://www.artandscience.jp/