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席を ゆずる ー 京都・青もみじの頃に


5月の京都は・・・

なんといっても青もみじが一番の時節である。

しかしそれはどっと観光客が押し寄せるということでもある(生まれも育ちも京都、みたいな、まるですっかり京都人のつもりでいる私ですけど)。

さて、私ももみじ見物にと河原町丸太町から朝遅めの204系統のバスに乗った。
今日の行き先は東天王町の近くにある永観堂の青もみじである。

永観堂御影堂の甍と 左は臥龍廊


永観堂の庭


走り出して間もなくのことであった。
自然と顔が微笑んでしまうような素敵な光景に出くわした。

というのも、4歳か、5歳くらいの、いや、実年齢はもっと上であったかもしれない。小柄な男の子が、自分の席から立ち上がり、目の前に座っている高齢の婦人に、(どうぞどうぞ)という仕草で、ぼくの席に座ってくださいと、席を譲っているのである。

私には一眼見て、男の子には障がいがあることが理解できた。
どうなるかと眺めいていたが、すでに別の席に座っていた女性の方は少年の勧めに微笑みながらも、わざわざ立ち上がってその席に座ろうとはしないでいた。

少年は怪訝けげんそうな顔をしている。
少年の行いは私の心を大きくゆり動かす出来事であったが、しかしこの場面はやはり何かがおかしい。

本来「席を譲る」というのは、立ったままでいるお年寄りや妊婦さん、ケガや障害を抱えた人に対する行為である。

しかし、その少年は、お年寄りに席を譲ることは学習していたが、座れないでいるお年寄りに譲る、ということまでは理解していなかったようであった。

なかなか自分の勧めに応じない女性に、少年はなおも自らの席へどうぞと手のひらを上に向けて、無言で誘い続けていた。

少年の前に座っていたおそらく母親がやっとその様子を理解して、我が子に席を譲る行動の真意を繰り返し伝えているように見えた。
母親から少年への説明は次の停留所に着くまで終わらなかった。

やがてバスが次の停留所に止まった。
少年は再び自らの席を立ち、乗り込んでくる客を見つめていた。

運良くか、年配の女性が乗り込んできたのである。

少年は先ほどと同じように手のひらを返して、どうぞ座ってくださいという仕草で自らの席に手招きをした。

少年の気持ちはすぐにその婦人に通じたようであった。
「ぼっちゃん、ありがとね」と、
女性は素直に少年の勧めた席に腰を下ろした。

少年にとって「席を譲る」という向社会的行動lが現実場面でうまくできた初めての瞬間であったのかもしれない。
そばでじっとこの様子を眺めていた母親は自らの席に少年を座らせた後、何度も我が子の頭を撫でてやっていた。
私は少年の青い心が一つ成長する大切な瞬間を目の当たりにすることができたように思えて嬉しかった。


「お年寄りに席を譲る」という「優しさ」を少年はどのような出会いの中で、誰から学んだのであろう。
少年はこれからも、きっと大人になってからも、バスに乗るたびに老人に席を譲り続けることだろう。

一番後部座席から様子を眺めていた私は、(どうか神様、この少年の美しい思いが
これからも人々の心に届きますように)と、静かに願わずにはいられなかった。

    (京都暮らしの頃を思い出して書きました。写真もその時のものです。)


流れる雲と静かに佇む永観堂多宝塔
ここからの眺望も素敵です


「はっぱのマルジ」の一場面にもぼたん雪降る多宝塔が描かれています。 
仲間と過ごしたバイオレットオレンジに染まる阿弥陀堂の森(「はっぱのマルジ」より)


最後までお読みくださいありがとうございます。
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「よろこびも悲しみもみんな、生きよ。それがお前の希望になる」と———
そのことばにいかなる意味が込められているのだろう。

第1作

君は、 もう忘れたのかい?  深い森のことを・・・
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第2作

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「何で?」ウチは尋ねた。
「いやしまいなおしや」
お母ちゃんは、今まで聞いたことがないむずかしいことば言わはった。


ぜひご活用ください。  

               雷 無良寿 (かんなり むらじゅ)




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