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【聴く風景画】あと一歩つっこむアート鑑賞

自然環境や町の様子などを描いた風景画の中には、その面白さをどう味わえばいいのか、わかりにくいものがあります。例えば、構図が大胆だったり、配色が美しかったり、まるで写真のようにリアルな描写だったり、一見すると「すごい」「きれい」と感動するものの、そこから先はどのようにみればその魅力に迫ることができるのか、途方にくれるような作品のことです。
描画技法や美術史の知識は、鑑賞を深めるセカンドオピニオン的存在として強力な助けになります。しかし、知識頼みというのも少々つまらない気がするのです。美術館でそのような作品に遭遇した時に、画面から読み取れる情報でもう少し鑑賞を深められたなら、ちょっぴりホクホク気分で美術館をあとにできるかもしれません。

今回は、このような「もっと味わいたいけど、ちょっと……」と感じる風景画を、もっと面白くみる方法をひとつ、シェアしたいと思います。

どんな音が聴こえる?

海外で風景版画の3Hと呼ばれる日本人版画家のことをご存知ですか? それは、浮世絵界の大御所・葛飾北斎と歌川広重、そして大正時代に興った新版画の旗手・川瀬巴水の3人です。

彼らの風景版画は、大胆な構図や鮮やかな色彩がみる人をぐっと惹きつけることで知られています。さらに、この作家たちの作品に共通する要素のひとつが、「音」が聞こえてくることです。もちろん「聞こえる」と言っても、物理的な音が作品からするわけではありません。画面の表現が音を想像させるのです。

ずいぶん前の話で恐縮ですが、ある小学校中学年の美術鑑賞で、歌川広重の《大橋あたけの夕立》から感じた音を言葉で表現しよう、という授業を見学したことがあります。
先生は下の浮世絵をプロジェクターに大きく映し、子どもたちに「この絵からどんな音がしますか?」と問いかけたのです。

あなたもちょっとだけ、下の絵から聴こえる音を想像してみてください。

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歌川広重《大橋あたけの夕立》「名所江戸百景」より 1857年

さて、あなたにはどんな音が聴こえてきましたか?
この授業に参加していた子どもたちは、「ざあざあ」「ボトボト」「タッタッタッ」「バタバタバタ〜」……など、それぞれが聴いたさまざまな音を、オノマトベを駆使して表現していました。

先生がその1つひとつに、「それは絵の中の何の音?」「どこから聴こえたの?」と確認していたことをよく覚えています。最初の「ざあざあ」は同じ想像をした方もいらっしゃると思いますが、画面に描かれた雨雫の音です。その音が聴こえた子いわく、斜めに描かれた雨の表現から雨脚の強さを感じ「ザーザー」ではなく「ざあざあ」だと思ったのだとか。逆に雨が降る様子を「ザーザー」という音で表現した子もいました。
「ボトボト」は通行人の被った傘に雨がぶつかる音、「タッタッタッ」は急な雨にあって橋を駆けていく人の足音。ほかにも橋や川面に落ちる雨音、船の櫓が水を掻き分ける音、遠景にみえる建物からする生活音など、子どもたちは驚くほどさまざまな音を、この1枚からとらえていました。

子どもたちは、画面の中から音を発見していくうちに、作品に描かれた時間帯や季節、通行人たちの服装や暮らし向きなどにも気づいていきました。
浮世絵や日本史の知識を持ち合わせていなくても、画面をじっくり観察することで、そこにあふれる「音」をとらえ、それらをもとに描かれた事象を分析しながら作品をみていたのです。

風景から聴こえるもの、音からみえてくるもの

では、川瀬巴水が雨を描いた作品から、私たちはどんな音をとらえることができるのか、試してみます。
下の2作品からは、どんな音がしますか?

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左/川瀬巴水《塩原畑下り》1918年
右/川瀬巴水《五月雨ふる山王》東京十二題より 1919年

広重の作中の雨とは違って、私には左側からは「サァ〜」とシャワーのように降り注ぐ雨音が、右からは「シトシト」という静かな雨音が聴こえてくるように感じました。

左の雨は、霧雨ではないけれども、遠景が霞むような雨。茶系の渋い色合いと単純化されたモチーフから、秋の長雨にけぶる静かな里山の風情を感じます。一方、右の絵には切れ切れに雨だれが描かれています。鮮やかな色のコントラスト、雨水の跳ねる音がしそうな傘、そして子どもをおぶった女性と犬が歩いている様子が描かれ、いろいろな音が聴こえてきそうです。しかし、シトシトと降る雨の印象を最初に感じたせいか、どこか静けさが漂っているような気がするのです。

では、同じく巴水の雪景色からはどんな音がするのでしょうか。

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左/川瀬巴水《平泉金色堂》1957年
右/川瀬巴水《芝増上寺》東京二十景より 1925年

たまたま、2作品とも実物をみる機会がありました。その時は左側の作品からは、しんしんと降り積もる雪の音だけがかすかに聴こえるような寂然さを感じました。お坊さんが石段を登っている様子も描かれていますが、全く足音を感じなかったのです。この絵の静けさは、まるでNHKの年末年始恒例番組に登場する、雪に覆われた山深い寺院を彷彿とさせるものでした。

もう1枚からは、突然「びゅう」と吹いてきた風の音と、「ぶわっ」と吹き上がる雪の音、女性の下駄が踏みしめる水分の多そうな雪の「しゃりしゃり」という音が聴こえてくるような気がしました。雪が主役の画面ですが、ふだんはみえない風のかたちや強さが可視化されているように感じたのです。はっきりとした色のコントラストが、自然のかたちや音の彩度を上げているのかもしれません。

どちらの作品も平面であり、ストップモーションです。ですが、音をとらえることによって、画面はとても臨場感あふれ、3D作品のようにみえ始めます。さらには、画面の中に動きも感じ取ることができました。
あなたには2つの作品からどんな音が聴こえましたか?


実際の作品を聴いてみよう

今回は「聴く風景画」のわかりやすい例として、川瀬巴水の作品を採り上げました。これらの作品からは、もっともっといろいろな音が聴こえてくると思います。また、聴けば聴くほど画面の中からみえてくるものがあると思います。ちなみに、風景を主題にした浮世絵はもちろん、花鳥風月を主題にした日本画も聴いてみると、本当にさまざまな音が聴こえてきますよ。
また、欧米の印象派やそれ以降の風景画でも、音が聴こえる作品はたくさんありますので、機会があれば試してみてください。ついでに雨の表現など、天候の描き方を日本美術と比較してみても興味深いです。

画面から音をとらえる作品のみかたは、一人でもかなり楽しめると思います。気づけば、画面のすみずみまでみようとする自分に気づくのではないでしょうか。

川瀬巴水の作品は、現在、東京都新宿区で開催中の展覧会で鑑賞することができます。首都圏にお住まいの方、音を探しながら、実物をじっくり味わってみませんか。
「川瀬巴水 旅と郷愁の風景」
会期 2021年10月2日〜12月26日 10:00〜18:00(月曜休館・11/16休)
会場 SOMPO美術館
住所 〒160-8338 東京都新宿区西新宿1-26-1
TEL  050-5541-8600(ハローダイヤル)

鑑賞ファシリテーター 染谷ヒロコ


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