見出し画像

連載小説「天国へ行けますか?」 #5

新刊出版 3月30日 Amazon予約開始。

出版記念トークイベント開催

https://innerpeace-kensuke.stores.jp/

*******************

前回の続きです。


連載小説「天国へ行けますか?」 #5


「……!おぇっ!おえええっっぇぇぇぇ……!!」

俺は便器にしがみつき、強烈な眩暈の中で、胃の中身を嘔吐していた。

「ぐうぇぇぇ!!」

最悪だ。空きっ腹で飲み過ぎたんだ。日本酒の後にウイスキーをぐいぐいと行ってしまったのが……、

(ん?)

俺は頭がぐわんぐわんと回り、嘔吐後の胃液の酸っぱさを最悪の気持ち悪さの中で、今の状況のちぐはぐさに気づく。

(さっき、俺は宙に浮かんで、ぐるぐると、真っ白な光の中に吸い込まれ…)

そうだ!俺は死んで、兄がいて、兄が腕をタケコプターとか言って振り回したら、兄が浮いて、そしたら自分も回り出して、

(それで目が回って気持ち悪くなったのは覚えているが…)

俺は口を拭い、吐き出した嘔吐物をトイレに流し、なんとか立ち上がる。しかし、立ち上がると再び強烈な吐き気がして、また便器にしがみつく。

「うっ、うっ、うえっ、うえぉぉぉぉぉぇぇ!」

嘔吐祭り、第2ラウンド…。

なんでこんな目に…。ああ、もうダメだ、何も考えられない。便器と友達だ。便器がだけが俺のよき理解者だ…。

(そうだ、思い出した)

誰もわかってくれない。誰も俺を理解しない。俺の友達は酒だけだ。と思って飲みまくってたら、ひどく酔っ払って、俺の友達は便器だけだと、そんな自暴自棄になった。あんなに悪酔いしたのは、忘れもしない、この日は……。

「うゎ!きったねぇ!最悪じゃん!お前、便座カバーにもゲロついてっぞ?」

突然後ろから、兄の声が聞こえた。

「に、にいちゃん、こ、ここは?」

俺はゲロまみれの顔で、なんとか声を出して尋ねる。

「うお!顔!顔!やべえって!」

そしてゲラゲラと笑い出いながら話す。

「ほれ、わかんだろ?あの時だよ。あの時をリプレイ!まあいいや、俺はあっちで待ってるから、落ち着いたら来いよ」

兄はそう言って通路の奥へ消えた。

広い家だった。大きな家を建てたのだ。妻が娘を連れて出て行ってから、余計に広く感じられた。

俺はしばらくそのまま便器に突っ伏していたが、少し落ち着いてきたので、トイレットペーパーで口の周りを拭い、それを流してから、這い出るようにトイレから離れた。

ゆっくりと立ち上がると案の定目眩がしたが、吐き気は少し治った。もう吐くものが腹に残っていないのだろう。

ぼんやりと、酩酊した頭で考える。

(俺は、生き返った? いや、リプレイ? これが兄の言う『ふりかえり』ってやつなのか? 俺は、俺の人生の一部分を、振り返っているのか? にしても、なんでこんな最悪な…)

壁に手をつきながら、かつて知ったる、北青山の自宅の通路を進み、広いリビングに出る。リビングは、2階から3階の吹き抜けだ。妻が、天井が高い方がいいと言ったからこんなデザインにしたのだ。

そこに兄はいなかった。リビングのテーブルには、さっきまで俺が飲み食いして散らかした酒瓶やグラス、デリバリーのピザの箱なんかが乱雑に置かれている。

酒や食い物を見ただけで吐き気が催すので、俺はテーブルの上を見るのをやめて、高い天井を見る。しかし、上を見上げるとそれはまた目が回り気持ち悪くなる。

クソッ! さっき、目が回って気持ち悪くなって、それでこんな最悪の気持ち悪い場面に連れてこられたのか? さっきまでの羽が生えたように軽かった体が、また鉛のような重たい体になってしまった。

ふらつきながらキッチンとダイニングスペースにたどり着く。オープンキッチンのカウンターの前で、兄がスツールに腰掛けてビールを飲んでいた。

「お、迎え酒でもするか?かかかかか!」

俺は兄を無視して、重たい体を引きずりながら冷蔵庫の扉を開けて、ミネラルウォーターを取り出す。冷蔵庫は水とビールと、当時健康のために飲んでいたビタミンサプリのジュースしか入っていなかった。

台所のシンクで一度口をすすいでから、それからゆっくりと水を飲む。

体の水分を出し切ったのか、喉が渇いていた。だから水が染み渡った。

「うめぇだろ? やっぱ最終的には水なんだよ。一番うめえもんってのはよ」

そんなことを言いながら、兄はビール片手に、柿の種をつまみながらそんなことを言う。柿の種なんて家にあっただろうか?

「で…、一体、どういうことだよ?」

冷たい水を飲み、いくらかましになった頭で俺は兄に尋ねる。

「ここは、どこなんだ? 俺は、死んだはずじゃなかったのか?」

「そうだよ。お前は死人。俺も死人。ここはなんつーか、お前の心の中のようなものだ」

「心の、中?」

俺は部屋を見渡す。ここに住んでいたのはもう10年前だ。懐かしい。このキッチンも、冷蔵庫も、カウンターも。

「記憶にしては、ずいぶんはっきりと覚えているな…」

俺が呟くと、

「記憶じゃねぇんだ。お前の心の中。ここは今でも、ちゃんと存在しているんだ。一つの現実さ」

「存在している?」

「まあよ、難しい話はいいんだ。今はとにかく、お前の人生の振り返りをやってて、お前にとって振り返るべき時を、今一度体験にし来ているんだ」

兄は缶ビールをぐいっと傾け、うまそうに飲んでから、

「この日のことは覚えているだろ?」

そう言った。

「……ああ、覚えているよ」

ここが心の中でも記憶の中でも夢の中でもどうでもいい。しかし、この日。忘れもしない。多分、俺の人生で最も最悪な日ワーストスリーを上げるとするのなら、間違いなく3位以内に入る。

「娘に、会えなくなったんだ。仕方ない、俺が約束を破ったからな」

この日は、別れた妻との親権問題の調停が終わった日だった。結局、俺が途中で交渉がめんどくさくなって折れたようなものだったが、それでも、娘には月に一度しか会えないとなったのはショックだった。

しかも、その後だ。自分の持っていた子会社の一つが、一番信頼していた部下の不祥事が発覚して、その対応で深夜までずっと電話が鳴りっぱなし、メールは何百件と来るし、親しい人に謝りまくり…。

絶望的な日だった。午前0時を回った頃には、いい加減に埒が明かなくなり、俺はマスコミが取り巻く事務所から逃げ出し、携帯電話の電源を切って、自宅に引きこもった。そして腹立ちまぎれに酒を飲んで誤魔化したのだ。

「仕事もプライベートもズタボロだったなぁ。この家も、抵当に取られそうになったもんな?」

「ああ、他の資産を売却して、結局半年後にはこの家を含む不動産を手放して、なんとか資金繰りはできたが、にしもこの頃は最悪だったよ。そう、この日を境に、最悪な数ヶ月を迎えることになったんだ」

「そう、だから振り返る価値があるんだ。さ、この状態をどう楽しむか考えようぜ!」

「はぁ?楽しむ?」俺はさすがに憤慨する。「おいおいおい、この日は人生最悪かって日だぞ?どうやって楽しめって言うんだ?今もこうしてここで思い出しているだけで腑が煮え繰り返りそうだ!」

「ほうほう。怒り心頭だな。かかかか!で、その怒りは誰に対してだ?」

「誰って…、妻に対してや、俺を裏切ったバカな部下にだ…」

「おお!いいねいいね!うんうん。コウジらしいや!」

兄はなぜか腹を抱えて笑い、スツールがひっくり返りそうになってた。

「何がおかしいんだ?」

憤慨して俺が言うが、

「かかかか!」

ますます兄は笑うので、俺は水を飲んで黙りこくる。

窓の外を眺める。キッチンは東向きにあるので、窓の外ではうっすらと、東の空が明るくなりつつある。暗い夜から、紺色よりもっと濃い、群青と言うべきか。

「お前は被害者!悪いのは嫁さん、そして頭の悪い、先行きの見えない部下たち。自分は正しい!俺は間違ってない!ってか?」

からかうように言いながら、兄は缶ビールを飲み干すと、戸棚にあったシングルモルトの瓶を取り出す。30年ものの貴重な酒だ。このやけ酒の日でもさすがに飲まずに取っておいたくらいだ。だから思わず兄に対して「おい、俺の酒を勝手に飲むなよ」と言いそうになったが、そんなことを言っても意味がないと気づき、黙っていた。

「お前の部下はあれだ。まあ、確かに犯罪行為だな。横領と、インサイダー取引していたんだ。まあ、それはそれで司法が裁くし、そいつは元々お前が外部から引っ張って来た人間だろ?」

そう。その男は優秀な男だった。だからスカウトして、右腕として任せたのだ。

「長年信頼していた男よりも、外部の有能な人間を重宝する…。まあ、その考え方自体なんだか人情がねぇよな?だから他の連中もやる気無くしてたんだよ。そして、この有能な男は、頭は良いし、確かに金儲けの才能はあったけど、人間としてはなぁ〜」

兄は笑いながらいうが、俺は一言一言が胸に刺さる。そうだ。どうしてあの時は、そんなことにも気づかなかったのか…。

それから兄はシングルモルトをショットグラスに注ぎ、香りを嗅いでから、ゆっくりと口に含んだ。。

「うほっ!こりゃ上等な酒だ!喉を滑るようだ!お前も飲むか?」

「いや、いらない…」

今はどんな高級酒でも飲みたいわけがない。

「お前の奥さんと娘は、実家の福岡に帰っちまったわけだが」兄は続ける。「あっちにも週刊誌の記者は行っている。離婚はまだ発覚してないが、別居のことは噂が流れてたからな」

「そ、そうなのか?」

そんな話は知らない。

「ああ、そうだぜ。お前は数年前から経営コンサルタントとして有名になったし、愛妻家でも有名だったよな?かかかか!理想のパートナーシップの築き方、なんてコラムも書いてたじゃねえか?」

「やめてくれ…。思い出したくもない」

そう、あのコラムを依頼された頃はよかったんだ。良き妻であり、俺を支えてくれた。だから、夫婦円満の秘訣や、男がビジネスで成功するためには、支えてくれるパートナーが重要だと、そんなコラムを書いて、しかもそこそこ評判が良く、民放のテレビ番組の取材まで受けて夫婦円満の秘訣とかを偉そうに語ってしまった…。だから別居や離婚のことは、死んでもバレてはならないことだった。俺のブランドイメージに大きく関わる。

「だけど、結局はバレちまったけどな。かかかか」

部下の不祥事。複数の愛人、妻との離婚。嘘だらけの経営コンサルタント、偽善者、俺はこの後1年ほど、不遇の日々が続く。世間には出れなくなった。

「どうせ俺の身から出たサビだって言いたいんだろ? わかってるよ!妻との関係は俺が悪かったんだし、部下にしたって、俺がきちんとしてなかったからだってにいちゃんは俺に言いたいんだろ?」

俺は自暴自棄な気分で言った。

「そのとーり!お前が悪い!部下にもお前はけっこう冷たかったし、なんだかんだで冷や飯食わせていたんだぜ?重労働させて、お前を陰で支えていたんだよ。お前は完璧にやってたと思ってたけど、結構経営には穴があったんだよ。それを必死で埋めてたのに、お前は手柄は全部自分で、損失は全部部下!そんな社長だったもんなぁ〜」

そんなことない、とは言いたいが、きっと反論しても無駄なのだろう。だから黙っていた。

「まあ、その辺はまだ納得いかないかもしれないな。反省は感謝と共に起こるから、もうちょい後だ。まずは楽しむことだな。この貴重な体験を。そして、この体験でお前が学んだ素晴らしいことを」

こんな最悪な状況を、どうやって楽しめと言うのか…。俺はこの後数年は、冷や飯を食う羽目になったし、そこから経営の規模も小さくなった。思えば、このあたりから俺の人生はずっと裏目裏目に出ていたような気がする。

「そうか?」

兄が俺の心を読んで言う。

「まあ、この日、この時期が、お前の人生の大きなチャンスだったんだが、お前は活かせなかった。それを振り返ろうってんだ」

「大きなチャンス?」

「まあ詳しい話は今はしねえ。どうせ理解できねえし、頭で理解しても肚で納得できねえ。人間な、やっぱ肚で決めてなんぼよ!」

兄はこちらを振り返り、腹を叩く。腹を叩くと、鼓のような見事な音が鳴った。

「楽しむってのはな、なにもがはははって笑うことじゃねぇんだ。人生ってのは、まずは「味わう」こと。そして「感謝する」こと。それをひっくるめて「楽しい」と感じることだ。だからお前はとにかくこの状況を味わえ。逃げるな。拗ねるな。いじけるな。そのためには受け止めろ。真っ直ぐにな。

それから学べ、気づけ、悟れ、感謝が訪れる。そしてお前がこの出来事から深い学びと洞察を得て、さらに次のプロセスに入ること、すると、すべてが「良かったこと」になる」

つづく…。

☆ Youtubeチャンネル

☆ サークル「探求クラブ」(noteメンバーシップ)

☆ Youtube アーティスト・チャンネル 


サポートという「応援」。共感したり、感動したり、気づきを得たりした気持ちを、ぜひ応援へ!このサポートで、ケンスケの新たな活動へと繋げてまいります。よろしくお願いします。