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自分で「在る」ということ。自分自身で居続けること。それは、自分で感じ、自分で考え、自分で選び、自分で動くこと。

「当たり前じゃん?」と思ってる人ほど、実は「自分」がなかったりする。

例えば「感じる」ってことでも、多くの人は「感覚の霧」に包まれているように見えてしまうことがある。感覚を閉ざしているのだ。世知辛い社会や、時には子供の頃の親との関係において、繊細で開かれた部分だとむき出しで痛い思いをしたので、色んなフィルターを自分に張り巡らして、あえて『鈍感』になることで、センシティブな部分を、自分自身を、守ってきた癖が、大人になっても残っているのだ。。

例えるなら、サングラスをかけて見ている世界が「世界の景色」だと思い、イヤホン越しに聞こえる音声を「世界の音」だと思い、マスクをしながら嗅いだ香りを「匂い」だと思い、ボディー・スーツ越しに触れれた食感を「皮膚感覚」だと思っているようなものだ。

それを子供の頃から身につけた結果、この世界の本当の姿や、自分の本当の手触りが、わからなくなってしまった。

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