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艶やかなレトロの美 -マツオヒロミ展について

4/6から東京の弥生美術館で開幕した、『マツオヒロミ展 ~レトロモダンファンタジア』に行ってきました(6/30まで)。彼女の作品のファンだったので、心待ちにしていましたが、予想以上に楽しめる展覧会でした。


展覧会のチラシ
©Hiromi Matsuo



 
マツオヒロミさんは、大正浪漫風味のある、レトロな画風のイラストで人気のイラストレーターです。

大正~昭和の架空の百貨店の案内『百貨店ワルツ』や、こちらも架空のファッション雑誌のカタログという設定の『マガジンロンド』といった素晴らしい作品があります。


『マガジンロンド』表紙
©Hiromi Matsuo 実業之日本社


 
今回は、彼女の複製原画やラフスケッチ、ポスターは勿論のこと、『百貨店ワルツ』の百貨店売り場を一部再現して、その架空の小物や靴が並べられた箇所もあり、彼女の作品世界に、どっぷり浸ることが出来ました。
 
特に、百貨店のポスターや雑誌の表紙再現は、色鮮やかであると同時にどこか色褪せていて、どうやって印刷したんだろうかと思ってしまいます。
 
弥生美術館は、美術館といっても、普通の二階建ての民家を展示室に改築したようなこじんまりとした場所で、規模も大きくありません。そんな場所だからこそ、彼女の美麗でレトロでモダンな世界が凝縮して伝わってきました。
 

『百貨店ワルツ』表紙
©Hiromi Matsuo 実業之日本社

 
この展覧会を見て、改めて思ったのは、彼女の世界は、映し出される対象だけでなく、表現方法が非常に独特だということです。

大正浪漫風味を描かれる素晴らしいイラストレーターさんは、他にもいらっしゃいます。しかし、彼女の作品は、何か普通と違う独自の広がりを持っているように思えるのです。


 
マツオヒロミさんは1980年生まれ。元々は漫画家を目指していた方です。実際、『百貨店ワルツ』や、『マガジン・ロンド』には、イラストだけでなく、一部短い漫画のパートもあります。それがちょっと通常の漫画と違う感触があるのです。

『マガジンロンド』より
©Hiromi Matsuo 実業之日本社

 
絵は一枚絵のイラスト同様、勿論美しいのですが、日常の断片やモノローグが綺麗につなぎ合わされている感じを受けます。それが綺麗すぎて、結果、物語の進行が非常に希薄な感じを受けるのです。
 
それは、少女漫画的なのでは、と仰る方がいるかもしれませんが、少し違う気もする。

私見では、少女漫画の独特な技法は、人物のポーズや台詞、独特の装飾等によって、作品内の空間が拡大して断片化するけど、物語の進行は、寧ろ強化されていくイメージがあります。
 
マツオさんの場合、空間表現はそこまで奇抜なものではないけど、台詞やカット割りで時間軸が不思議な断片になって、物語そのものが求心力を持たず、どんどん拡散していく感触があります。




 
それは一言で言えば、「カタログ」と言えるのかもしれません。
 
カタログは、ただイラストや写真を集めたものではありません。あくまで、その対象を宣伝しないといけない。なので、そこに、緩やかな物語があり、魅力的に商品を飾らないといけません。
 
そこでの物語は、大河小説的でなく、商品を彩る、断片的で無時間な、あくまで装飾品です。おそらく、彼女の中には、物語とはそういうものだ、という感覚がある気がします。
 
だからこそ、架空のお店や雑誌のカタログである『百貨店ワルツ』や、『マガジン・ロンド』で、その無時間の感覚が、彼女の中でぴたりとはまったのでしょう。

この展覧会にあるキャプションには、こう書いてありました。

雑誌が好き、と一口に言っても、私の場合はファッションへの興味というより、お洒落な写真やカットが文字とともに美しくレイアウトされている、という本の形態が好きなんだな・・・という自己分析がまず最初にありました。

 
イラスト集と呼ぶには、背景の物語の流れが強すぎ、漫画と呼ぶには、アクションと時間の進行への感覚がやや希薄な、独特さ。それが、「架空のカタログ」という形態により、素晴らしい膨らみを見せて、飛躍したのでしょう。


『RONDO』1957年10月号表紙 
(『マガジンロンド』より)
©Hiromi Matsuo 実業之日本社



 
 
そして、もう一つ、この展覧会で強く感じたのは、不思議なことに、ノスタルジアではなく、モダンな印象でした。
 
鮮やかな色遣い、濃いメイクの生き生きとした力強さとたおやかさ、自由自在なカットの美しさ、凛としてこちらを見る女性たちの眼差し。こうしたものを統合した、シャープでモダンな味わい。
 
それらは、大正浪漫とは言えても、大正時代そのものを超えている気がします。弥生美術館に併設する竹久夢二美術館の展示と比べると、より強くそう思えます。

『丸窓』
©Hiromi Matsuo 実業之日本社


また、ある種の退廃や官能の美とも何か違う。具体的にどこと言われると難しいのですが、1980年代の雑誌「Olive」や、1990年代の岡崎京子の漫画と地続きな何かがあるように感じました。モダンで、かつ、どこかレトロな味わいが特に。




 
1990年代は、まだインターネットは殆どなく、冷戦も(表面上は)終わり、どこかふわっと浮いたような雰囲気がありました。と同時に、そこには、戦後だけでなく、大正時代の空気を吸った人もまだ生きていました。
 
そんな時代には、戦後の「女らしさ」や「男らしさ」とはまた違う、自立した何かを目指すような空気があった気がします。
 
そうした気分は、江戸時代の空気を吸った人がまだ生きていたけど、同時に文明開化以降の空気もまとった大正時代と絶妙にマッチしています。
 
「過去の文化が現代に溶け込み、それを活かして新しい世界を作る」という感覚が、90年代のオルタナティブな文化的であり、大正時代的でもあり、同時に、マツオさんの世界にあるように感じるのです。その感覚がつまり、レトロということなのでしょう。


『Are you ready?』(『マガジンロンド』より)
©Hiromi Matsuo 実業之日本社




 
正直、雑誌やカタログといった文化がこの先続くかは、分かりません。しかし、彼女は、その活かせる部分を最良の形で掬い上げて、新しい美を創り出したように思えます。
 
そして、彼女の生み出した作品の世界が、現実の展示まで広がりを見せたことに、自分も大変刺激を受けました。
 
マツオさんの次の作品は、20世紀の女性の下着の変遷を題材にしたものということで、その作品世界がどのように広がるのか、楽しみです。是非一度、そのレトロでモダンな美の世界を味わっていただければと思います。



今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイでまたお会いしましょう。


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