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東京アダージョ:オランウータンになった

小学二年生の時、クラスの女の子が遅刻してきた。
それも、お母さんが、まだ、泣いている、その子を連れて教室に入って来たのだった。
その理由は、わからない。
なんだろう・・

その子のお父さんは、工場を経営していた、と言っても、お一人で仕事をしていたので、従業員は、お母さんだけの様子だった。昭和の時代には、そういった工場もそこそこ近所にあった。
その子の家には、何度か、帰りがけに、呼ばれて行った事があった。

ただ、夏の作文で、ぼくの事が出てきて、みんなに笑われた。
「横浜の動物園に家族で、オランウータンを見に行った事が書かれていた。そのオランウータンの手が、ぼくの手に似ていた。で、締め括られていた。」
それで、みんな爆笑だったのだ。
もちろん、オランウータンが悪いわけではないし、ぼくの手は、腕が長いし、指も長かった(かな)。
ただ、大人になって、シャツは、袖丈は82cmなので、身長からしても、異常な訳でもないのだが。
身近な親しみを感じていてくれたのかも知れない。

余談になった。

教室に入って、中にしばらく居た、お母さんが帰ってからも、まだ、涙目でクシュンとしていた。
周囲には、どこか、しらけた空気が流れていたので。
ぼくは、その子の前で、オランウータンになった。
それは、そこまで、ウケるかと思うほど、笑いが取れてうれしかった。
その子も、ケラケラ笑い、周囲も、そんな感じでだった。
ただ、担任の先生は、「ぼくを動物園に入れる」と言い出した。
そこでまた、みんな爆笑だった。

笑いが取れたと言うより、ただ、バカにされているだけなんだろう・・
ただ、その子が、いつもの元気になって、その時は、うれしかった。

昼食の後、その子と前後の席だったので、話していると、給食係のるみ子ちゃんに、
「残さないのっ」言われ、その後、校舎の裏門まで呼ばれた。
そこで、
「私と、あの子と、どっちが好きなんや?」
と言われた。
面倒な、るみちゃん、だった。
「ただ、近所で友達だし・・」
「ちいちゃん、なんか、もう、いややわ」
と言われた。
どこか、勘違いしているし、嫉妬深いと言うより、転校生の上に、母子家庭なので寂しかったのかも知れない。

るみちゃんは、お母さんが働いているので、アパートの部屋で帰宅を1人で待つのも寂しいだろうし、冬は、電気代の節約で暗いところで、お母さんを待つのも辛いだろうと、うちの母や、祖母が、それまでうちで居ることになっていた。

放課後、校庭でみんなと遊んでから、家に帰ると、
いつものように、るみちゃんがコタツに入って、1人、勉強していた。
「ちいちゃん、遅かったわね」
「うん」
・・・

#東京アダージョ #小説 #短編小説

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