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夏枯れの海

貝殻を拾いに行きたい!が、最初に行った唐津の海が気にいって以来の母の口癖。部屋の窓から一望に広がる海の景色に目を見はり、孫と私の4人で行ったことに感激して涙を流したくらい。最初は秋の始め、2回目は夏の始め、そしてまた9月に3回目と思っていたら10月まで予約がいっぱいで……。それで急遽、駅から徒歩圏内の海を探して行ってみた。電車を降りて徒歩数分、雑木林を抜けると広がる海には誰もいなかった。この夏の気が狂ったような暑さのあとで、季節は確実に秋の気配を示していた。

当然、車椅子では進めないのでビーサンに履き替えて否応なく歩く。両方から支えてやっと歩く母にはちょっときつい道のりだ。でも貝殻を見つけるとそのことを忘れたかのように喜んだ。ビーサンで踏み締める砂浜に打ち寄せる波が心地良かった。相島(あいのしま)、猫だらけで話題になる島を眺めながら、連絡船で17分だから行ってみる?と聞くと、わざわざ猫は見たくないと云う。3人で流木に座りしばし無言で海を眺める。ずいぶんと長く生きてきてしまったなぁと云う気分…….。

新宮海岸


葉山の海。夏の夕暮れにパソコン仕事で疲れた身体から“電磁波放電“と云いながら裸足で浜辺を歩く。私の側を子供たちがちょろちょろと走りまわり、洋服のまま海に飛び込み、砂だらけのままで家に帰り庭先でシャワー、そんな日々だった。愛おしくてちょっと切なくもある遠い昔……. 。それが今は母を抱えるようにして(葉山から遠く離れた福岡の海で)貝殻拾いをしている。


それでも足元だけは葉山げんべいのビーサン、浜辺を歩く機会が格段と減ったので数年ぶりのお取り寄せである。玄関とお風呂場とベランダ(海兼用)で7色7足。家の中でもスリッパ代わりにビーサンというのが葉山での暮らしの定番だった。なんとなく家の床が砂でザラついているというあの感触。幼児サイズから始まって何足のビーサンを履いたことだろう。昔、自宅近くの海沿いにあったお店は移転していて、そこは今、知り合いの自転車屋さんになっている……。


帰って来てから、昨日行った海覚えてる?と聞いてもあまり反応のなかった母。そうか、母が好きな唐津の海は、窓いっぱいに海が広がるからなんだ。葉山に住んでいる時は目の前が海であっても、日がな窓から一望するという経験はなかったからその風景に釘付けになったということなんだ。先日は船で志賀島に行って、船からの風景を楽しんだけれど、どうもそれでもこれでも無いということのようである。結局、唐津のあの風景に身を置かなければ納得しないし、そこで貝殻拾いをしないと海へ行ったことにならないようだ。

じゃあ、やっぱりまた唐津だね、で落ち着いた海辺散歩の結末でありました…….。




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