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ふたたびの海

昨年の秋以来、「また貝殻を拾いに行きたい!」と言い続け、暖かくなるのを待って、大潮の日を選んで……. 4月の唐津。同じホテル、同じ海。部屋からの眺めに浸り、早朝から浜を歩いて貝殻拾い。母と私、二人の孫と女4人の旅。母の頭の中でこれだけは忘れない、絶対に覚えていたいこと………..孫を育てながら一緒に過ごした葉山での日々。だから海の景色が呼び起こす幸せがあるのだろう。前回は嬉しいと言って泣いたんだったな。その後の鹿児島・お墓参りの旅、市内ホテルでの気晴らしステイ、とお出掛けが続いたせいか、今回は泣かなかったけれど。


飽きることなく海を眺めている無邪気な横顔を眺めながら、母と娘、祖母と孫の立場が逆転している可笑しさに気づいてちょっと切なくなる。子供の頃、旅行好きな母はとても身軽に飛行機や列車を手配して、私と弟を連れて出掛けたものだ。孫を育てている間は、父が寝たきりで自宅介護中だったから遠出はできなかったけれどその分、葉山の海を満喫したのだった。貝やワカメやヒジキを拾いあつめて、庭で茹でたり干したり、セミの幼虫を集めて脱皮する姿を見せてくれたり、竹林の筍掘りや野草の天ぷら、夏のベーベキュー、焚き火で焼き芋,etc.  季節を感じることは全部、孫と遊びながら教えてくれたと思う。今、家族といることが全てで、頑なにデイサービスにはいかないと頑張る母をどうして責めることができようか………。私は仕事を辞め、自由な時間を失ったけれど、これも与えられた大切なことなのだろう。

「こんなに役立たずになっちゃって……」と言う祖母の言葉に、「いいんだよ、今までたくさん役に立ってくれたんだから….」と答える孫。その会話を聞いていて、葉山の子育て時代が鮮やかに甦って来た。母無しではそれは成り立たなかったのだ。寝たきりの夫と孫二人の間で駆け回っていた母に私は、ベネトンのド派手なスパッツとTシャツを着せていてそれがとても似合っていたっけ。今、母の洋服担当は長女で、柔らかいピンク色のグラデーションで全身を飾っている。

会話はなかなか双方向にならず、同じことをなん度もなん度も繰り返して聞くので、紙に書いて貼っておこうかと思うことしばしばである。昼と夜が完全に逆転していて、食べたい時に食べて、食べると眠くなることの繰り返し。トイレの場所が時々わからなくなり、お風呂も娘が完全サポート。また、秋に貝殻拾いに行こうね!、だから歩けるようにカルシウムを摂ろうね、と孫の言葉に促されて実は整腸剤を飲む祖母のお尻チェックをしながら、「おばあちゃんに夜中のトイレもしてもらったものね!」と笑う。車椅子ではあるけれど、外出してせめても脳に刺激をと心掛けている。大変だといえばそうだけれど、95歳だもの、生きてるだけで儲け物。娘たち二人に支えられながらの老老介護の日々は続く………。



至福の時




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