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私たちは、顔のYシャツ

「私は、なかなか本心を言う事ができません。だんだん話し相手がいなくなって来ました」(展示に用いられた文言)

個人商店が東京という大都会から姿を消していく。この「私」という存在は、どんどん大きな集合体に飲み込まれていく。冒頭の文言にある「私」に展示を見る「私たち」は多かれ少なかれ共感するのではないだろうか。

神田小川町交差点に位置する個人商店、「顔のYシャツ」。大きな顔の看板建築で知られるオーダーメイドのワイシャツ専門店だった。「初代店主・梶永松さんの青年時代の似顔絵を看板にした」といわれている。

この展示は、東京ビエンナーレ2020/2021総合ディレクターである、中村政人によるオンゴーイングな作品。まず入館すると、8つのカラーボールが手渡される。このボールを持ちながら、建物の中に入っていく。展示物があるわけではない。言うなれば、この空間自体が見るべきものである。

きしむ床、しみだらけの壁、朽ちかけた扉、どこを見ても廃墟同然の建物。昭和の遺物とでも言うほかない。

随所にさまざまな言葉が立てかけられており、その言葉の意味に共感する場合は、手持ちのボールを落としてくださいと示されている。そのため、色味のないこの空間には、鮮やかな黄色のカラーボールが満ちている。ボールの数は鑑賞者の視線の量だとも言える。

この展示が面白いのは、高層ビルが立ち並ぶ東京のど真ん中で、いまだこういった建物がある事実を再確認させるところだ。都心では大手不動産のディベロッパーが根こそぎ建物を買い取り、都市開発をしていく。そのような中でも、野道の雑草のごとく、生き残っている。それを中村たちの手によって、清掃をはじめ、安全に整備しながらリノベーションを進める。

東京ビエンナーレのコンセプトは、「私から私たちへ」である。私という存在が見えにくくなる東京をいかに見えるものへとかたちを変えていけるか。「私」の役目は終わったとしても、「私たち」で作るコミュニティからそれぞれ「私」に回帰していける場所をつくることはできるはずだ。

「私」には常に寂しさがつきまとう。東京という都市は個人としての存在を消しながら、「私」を置き去りにして前へと突き進んでしまう。「顔のYシャツ」の存在がなくならないよう歴史化し保存することが、このプロジェクトの意味するところだ。

「私は、仕事を終えました。好きな仕事を続けることができなくて少し寂しいです」と展示の終わりに書かれた文字が、どこか虚しい。

福田幸二

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#中村政人 #顔のYシャツ #美術 #神田 #東京ビエンナーレ